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論文

 先週はアマゾン川の源流地域に生活するマチゲンガ族の生活をご紹介しましたが、その付近に生活するボラ族について今週はご紹介したいと思います。
 ペルーの北東部にイキトスという人口80万人ほどの都市があります。南緯4度ですから、ほぼ赤道直下にある都市です。
 アマゾン川の河口から3000kmほど遡った川沿いにありますが、標高はわずか106mしかありません。
 したがって、アマゾン川の勾配は2万8000分の1になりますが、日本で有数の勾配の緩やかな釧路川でも1000分の1ですから、アマゾン川がいかに緩やかな川かが分かると思います。
 このイキトスは19世紀末からのゴムブームで繁栄した都市ですが、特徴は外部からは飛行機で到着するか、アマゾン川を船で遡っていくかしかなく、陸路で到着できない世界最大の都市ということです。

 そのような環境のため、ここにはベレンといわれる興味深い一画があります。
 ベレンは南米大陸のベネチアとも呼ばれており、数百戸の家がアマゾン川の浅瀬の上に建っているのです。
 2種類の家があり、浅瀬に杭を打って高床式の家にするか、木材を筏のように束ねて、その上に家を建てる方式かです。
 しかし雨期と乾期では川の水位が7〜8mほど変わるので、高床式でも雨期には浸水し、内部の床を上げて対応しているという珍しい家です。
 炊事も洗濯も、すべて家の前の川の水で賄っていますが、便所も川へ直通ですから、メコン川の水上都市と同じように、糞尿も流れてくる川の水を使っていることになります。
 子供たちは、その川に飛込んで遊んでいますが、清流に慣れた日本人にはなかなか馴染まない生活です。
 このベレンの岸辺に広大な市場がありますが、行ってみると、ワニや、日本では水族館で展示している巨大なピラルーク(現地ではパイチェ)という淡水魚が丸ごと置いてあったり、巨大なネズミのような動物が何種類も並べられているという活気ある場所でした。

 今回は、そこから小舟に乗ってアマゾン川の支流を2時間ほど遡った密林に生活しているボラ族を訪ねました。
 川沿いの密林を切り開いた広場に何軒かの高床式の家を建てて何家族かが生活していますが、興味深かったのは、彼等の通信手段です。
 広場の中心に酋長が生活している「マロカ」という巨大なヤシの葉の屋根をもつ建物がありますが、その一角に太鼓が2個置いてあります。
 長さ2m、直径50cmほどの丸太をくり抜いた「マングワレ」と呼ばれる通信用の太鼓で、音の高さがわずかに違います。
 生ゴムを巻き付けたバチで叩きますと、ボンボンという2種類の低い音がするのですが、それを組合わせて次々と叩いていくと、特定の相手にメッセージが送れるというわけです。

 実際に実演してもらいましたが、酋長が自分の叔父さんを呼んでみようと言って5秒ほど叩くと、5分くらいして森の中から叔父さんがやってきました。
 決してやらせではなく、その場で即興に実演してくれたのです。
 また丁度、結婚式が行われるときに、たまたま遭遇したのですが、式が始まる前に、酋長が太鼓を叩くと、これが全員集合の合図のようで、しばらくすると森の中から次々と正装といっても、木の皮で作った短いスカートを付けた男女が酋長の家に集まってきました。
 何と距離は30kmくらいまで、すなわち東京都心から横浜くらいまで届くということです。
 最近はジャングルの中の水路をエンジンの付いた船が通ったりして騒がしくなって聞きにくくなったと言っていましたが、実際に、ときどき遠くで太鼓の音が聞こえ、現在でも実用になっていました。

 一見、旧式の技術のようですが、通信の本質を表現している技術です。
 現在の最先端の通信技術はインターネットで、この内部では1日に3000億通以上のメールが行き来しています。
 インターネット利用者は世界で20億人を突破しており、平均すれば1日に1人当たり150通のメールを受発信していることになります。
 確かに素晴らしい技術ですが、残念ながら、その9割に相当する2700億通程度は迷惑メールなど不要な内容です。
 これを除去するために世界の人が使っている時間を金銭に換算すると1年間に160兆円にもなります。
 これは世界のGDPの合計の3%以上に相当します。
 また、昨年暮れから今年にかけて、国内の携帯電話が通話できなくなった事故が何度か発生しました。
 主要な原因は本人が通話しているとき以外にも、携帯電話がGPSを利用して位置情報を収集したり、ニュースの情報を受信するために自動で作動して通信回線を利用し、予想以上に通信量が急増したことです。

 もちろん、一部は必要な情報もありますが、かなりは不要な情報をやり取りしているわけです。
 ペルーの首都リマの空港で1カ所だけ無料でインターネット回線が利用できるコーヒー店でメールを受信していたら、隣の席で若い女性がスカイプでヨーロッパに居る恋人とおぼしき男性と会話をしていました。
 ドイツ語だったので完全には分かりませんでしたが、僕から見ると他愛のない戯れ言という感じで、延々と1時間近く相手の顔を画面で見ながら話をしていました。
 もちろんスカイプは親が留学している子供の安否を確認して安心するなど役に立っていることは否定できませんし、戯れ言にも意味はないわけではありませんが、インターネット経由のメールと同様に、大半は必須の情報ではないと推察できます。
 それとは対照的に、ボラ族のマングワレは、必要なときに、必要な相手に、必要な内容だけを伝達する通信の本質を象徴する技術です。
 このような伝統技術から、あまりにも肥大しすぎた現代技術の問題を知ることも重要ではないかと思いました。





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