TOPページへ論文ページへ
論文

 モスクワ時間で2月5日の午後8時25分にロシアの調査チームが南極の氷の下にあるボストーク湖の表面にドリルの先端が到達したということを、2月8日に発表しました。
 このような氷の下にある湖は氷底湖といわれ、南極大陸には145以上が確認されています。
 その中で最大の湖がボストーク湖で氷の表面から約4000m下にある岩盤の上に存在し、幅が平均40km、長さが250kmで、琵琶湖の20倍の面積がある湖です。
 水深は北側で平均400m、南側で平均800m、もっとも深い部分は1200mになり、蓄えられている水の量は琵琶湖の50倍にもなります。
 水温はマイナス3℃で液体の水を蓄えています。なぜ液体かというと、地下からの熱が伝わってくることと、4000m近い氷が覆いかぶさっているので、圧力が高く、氷点が低くなるからです。

 ボストーク湖が存在することは1960年代に氷を透過するレーダーで発見されていました。
 なぜ数千mの厚さの氷の下に湖があるかというと、かつて南極は温かく、岩盤の表面に淡水の湖ができたのですが、寒冷期になって上を氷が覆っていったからとされています。
 1998年にロシア、フランス、アメリカの共同チームが湖を目指して掘削をおこない、あと120m掘れば湖に到達するという3628mの深さのところで中止しました。
 理由は、掘削した氷の欠片や空気が湖に浸入することによって、これまで1500万年から3000万年間、大気から隔離されてきた湖水が汚染される可能性があるからということでした。
 しかし、今回、ロシアは強硬突破しましたが、最後の部分は熱を加えながら掘るサーマルドリルを使って慎重に掘り、湖に外部の物質が入らないように配慮したと主張しています。

 調査の最大の関心の的は、湖水の中に生物が存在するかを知ることです。マイナス3℃という温度は生物にとっては生存できる温度ですから問題ありませんが、太陽の光線が到達しない暗黒の世界でエネルギー源が得られるかどうかが問題になります。
 その可能性は十分あり、2005年にドイツ、ロシア、日本の研究者が湖の水には太陽と月の引力の影響で、1から2cmの満ち引きがあり、それによって水は循環しているため、微生物の生存は可能だという発見をしています。
 また、地球には有機物ではなく、鉱物をエネルギー源としている生物も発見されているので、太陽光が差し込まなくても微生物が生存可能だともされています。

 それについて興味深い話があります。
 ドリルが貫通した瞬間、湖の表面にある高圧の空気の影響で湖の水がドリルの穴に上がってきたのですが、その太古の水が小瓶に入れられて、2月10日にプーチン首相のもとに届けられました。
 そのときプーチン首相が、臨席していたトルトネフ天然資源大臣に「君はこの水をすでに飲んだのか?」と質問すると、大臣が取り乱した様子で「飛んでもありません」と答えたそうです。
 世紀の発見の証拠をプーチン首相より先に味見してしまっては抹殺されるかもしれないと思ったのかも知れませんが、本心はどのような微生物が存在するかも分からないという恐怖心で、顔がひきつっていたのだと思います。
 このボストーク湖の周辺は地球でもっとも寒い地域で、これまでの最低気温はマイナス89・2℃です。
 したがって、掘削作業ができるのは11月から2月の南極の夏の時期だけで、本格調査は今年の11月以後になります。
 その時期になると、イギリスやアメリカも別の氷底湖で掘削を始める予定なので、様々な発見があるかも知れません。

 考えてみると、このような湖の水は地球の数千万年間のタイムカプセルです。
 地球のタイムカプセルは、これ以外にも様々あり、化石は代表ですが、昨年の東北地方太平洋岸地震の後に、東北地方の海岸近くの地面を掘っていくと、何百年前に津波があったことが分かるということが話題になりました。
 地面の中にある海の砂の層が津波の痕跡を示しているというわけです。
 また、その各層に含まれている花粉の種類を調べると植生が分かり、その地域が温暖であったか寒冷であったかも推測できます。

 木の年輪の幅もタイムカプセルです。
 温暖な時期には成長が早いので年輪の幅が広くなり、寒冷な時期には狭くなっています。
 そこで数百年の寿命のあった大木の年輪を外側から数えていくと、何年前かが分かり、その幅で現在より何度高かったか低かったかを推定することが出来ます。
 地球温暖化を議論しているIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が1000年前は何度であったというのは、この方法で推定したものです。

 何十万年間の空気を閉じ込めているタイムカプセルも存在します。
 南極の氷は数十万年かけて積もったもので、南極にも夏冬の温度変化がありますから、氷に木の年輪のような縞模様が出来ます。
 そこで直系10cmくらいの氷の柱を何千mも掘出して、その縞の数を数えていくと、どれくらい前の氷かが分かります。
 その氷には微小な泡があり、そこに含まれている気体は、それぞれの時期の空気ですから、それを分析すれば、炭酸ガスの比率が分かることになります。
 今回のボストーク湖の水は、新たなタイムカプセルを追加したことになり、地球の歴史を解明する有力な情報が得られますが、くれぐれも映画「バイオハザード」のように、未知の微生物が大災害を起こさないように、注意深く調査して欲しいと思います。





designed by BIT RANCH / DEGITAL HOLLYWOOD
produced by Y's STAFF
Copyright(c) Tsukio Yoshio All Rights Reserved.