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論文

 今週月曜日の12日にアメリカで開催された全米血液学会で、京都大学のiPS細胞研究所と東京大学の研究チームが、iPS細胞を使って血液に含まれる「血小板」を大量に製造する方法を開発したという成果を発表しました。
 iPS細胞(インデュースト・プリュリポテント・ステム・セル)は「人工多能性幹細胞」と翻訳され、2006年に京都大学の中山伸弥教授が世界で初めて製造した細胞です。
 簡単に説明すれば、筋肉のような組織でも心臓のような臓器でも、肉体を構成するすべての要素を作ることが出来る万能の能力をもった細胞です。
 したがって、その能力を使えば、血液に含まれる細胞の成分の一種で、出血したときに傷口に集まって出血を止める能力のある血小板を作ることは可能です。
 すでに昨年、iPS細胞から血小板を作ることには成功して、マウスの出血を止めることは実験で確認されていたのですが、これまでは一個のiPS細胞から、せいぜい400個ほどの血小板しか作ることができず、実用的ではありませんでした。

 ところが今回の成果は、その血小板を無限に増やすことの出来る技術を開発したということで画期的なのです。
 心臓の手術などのように、輸血を必要とする手術には大量の血小板が必要ですが、現在はすべて献血に依存しています。
 現状では献血の量が不足しているうえ、血小板は冷凍保存ができないので4日間しか保存できず、慢性的に不足気味でした。
 しかし、今回開発された技術では、血小板を作る一歩手前の「巨核球」という細胞は冷凍保存が出来るので、いつでも、どれだけでも血小板を作ることが可能となり、大量の輸血を必要とする手術も大丈夫という見通しが立ったのです。
 iPS細胞で作り出した細胞はガンになる危険がありますが、血小板自体はガンになりませんし、その製造過程で不要な細胞が混ざっていても、それらは放射線を当てることで取り除けるそうなので、安全性も大丈夫のようです。
 これから3年から4年後に人間で臨床試験をすることを目指しており、医療に一つの夢が実現しそうです。

 このような分野で、もう一つ話題になっている夢があります。およそ1万年前に絶滅したマンモスを復活させようという夢です。
 2005年に愛知県で開催された「愛・地球博覧会」で冷凍されたマンモスの実物が展示されたことからも分かるように、シベリアの永久凍土の下には多くのマンモスが冷凍のまま埋まっています。
 もし、そのマンモスから細胞核を採取できれば、それをもとに生きたマンモスを復元することができるという訳です。
 このような夢はかなり以前から存在していますが、その契機は偶然でした。
 1990年、当時、鹿児島大学農学部助教授であった後藤和文さんが、凍結したウシの精子を使って子牛を産ませることに成功し、その成果をアメリカで発表したところ、新聞記者から「シベリアにはマンモスが冷凍されているから、それからマンモスを復元できるのではないか」と質問され、なるほどと思い、1996年に支援してくれる企業の存在する宮崎市に「マンモス復活協会」が設立されました。
 それ以来、何度もシベリアでマンモスの一部を発掘して来ましたが、完全な遺伝子は見つからず、復元は無理でした。
 ところが、今年8月に非常に保存状態の良好な大腿骨が発見され、その骨髄に含まれる遺伝子から復元できる可能性が高まり、話題になってきました。

 どのように復元するかというと、2種類の方法が考えられます。
 第一は、発掘されたマンモスから精子を取り出し、それをマンモスに近い種である現在のゾウの雌の卵子に受精させ、まず50%がマンモスという雑種を誕生させます。
 そのようにして生まれた雑種のメスの卵子に、さらにマンモスの精子を受精させてマンモス度75%の雑種を作り、さらに88%、94%とマンモス度を高めていくという方法です。

 これでは仮に上手く出来たとしても数十年も時間がかかるので、現在は第二の方法が有望とされています。
 この方法はシベリアにあるマンモス博物館と近畿大学が共同で進めているプロジェクトで、マンモスの骨髄に含まれている遺伝子の壊れていない細胞核を取り出し、それを現在のゾウの雌の細胞核を取り除いた卵子に注入し、それをゾウの子宮に移植するという方法です。
 この方法であれば、1世代で100%のマンモスができますが、遺伝子の損傷がない細胞核を取り出す必要があります。
 この方法はマイケル・クライトンの小説『ジュラシック・パーク』で恐竜を復元するのに使われている方法です。
 そこでは、琥珀のなかに閉じ込められた恐竜の血を吸った蚊の体内から血液を取り出して、その遺伝子を使って恐竜を再生するのですが、実際には蚊の体内に入った血液は数分で分解され、遺伝子は壊れており、その壊れた部分を補修することは現在の技術水準では困難なため、やはり小説の世界での話です。

 このような技術は、はるか以前に絶滅してしまった生物を復活させるのには困難が多いのですが、現在、絶滅が危惧されている生物や、次第に混血が進んで固有種が消滅しそうな生物を保存するためには有用な方法で、世界各地にジーンバンク(遺伝子保存庫)が作られています。
 植物の種子については、マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツが主導して、2008年にノルウェーのスピッツベルゲン島に作られた「スバールバル世界種子貯蔵庫」が有名で、450万種の種子を目標に貯蔵が始まっています。
 現代版の「ノアの方舟」ですが、人間は一方で環境破壊によって遺伝子資源の破壊を進めながら、一方で罪滅ぼしのように遺伝子資源を保存するという複雑な生物ということが出来ます。





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