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論文

 ここに赤、青、緑、黄、黒の5本のステンレススチール製のスプーンが置いてあります。
 種も仕掛けもありませんと言いたいのですが、実は種も仕掛けもあるスプーンです。
 このような色のついたスプーンを作ろうとすれば、表面に塗料を塗るか、ステンレススチールに色素を混ぜておくことが必要ですが、そのような細工はしてありません。
 実はステンレススチールの表面に数百ナノメートルですから、髪の毛の1000分の1くらいの細かい溝が掘ってあるのです。
 そうすると、その細かい溝で光が干渉して、ある波長の色に見えるという原理を応用したモノです。
 その溝の幅を微妙に変化させると、様々な色に見えるので、このように様々な色を創り出すことができるという訳です。
 身近なところでは、コンパクトディスクの表面が虹色に見えるのも同じ原理です。

 このような現象は自然の中にはたくさんあり、玉虫の玉虫色や南米に多く棲息するモルフォ蝶の輝くような青色は、この原理で発色しています。
 その原理を応用したのが、この「サステイン・スプーン」という商品名のスプーンです。

 このように生物の特徴を応用する開発が最近、「バイオミミクリ」と命名され、急速に注目されるようになっています。
 「バイオ」は生物、「ミミクリ」は模倣ですから、生物の機能や能力を真似しようということです。
 古典的な例としては、19世紀の後半にドイツのオットー・リリエンタールによるトリの翼の構造を真似したグライダーの開発や、野原を歩いていると靴下に付く「オナモミ」の種を真似した「ベルクロ」の開発があります。
 また面白い例では、1932年のロサンゼルス・オリンピックの三段跳びで優勝した南部忠平選手は、動物園に通って、サルが木から木へ飛び移る姿勢を熱心に観察し、それを真似して跳躍距離を伸ばしたということです。

 しかし、最近は、より高度な実例が登場しています。
 新幹線に「500系」といわれる列車がありますが、その先頭列車の頭の部分が異常に長い形になっています。
 山陽新幹線で主に使われていたのですが、山陽新幹線はトンネルが多いために、トンネルに突入するときに衝撃音が発生します。
 それを減らす形を検討していた技師の趣味がバードウォッチングだったことから、カワセミが樹上から水中に突入して魚を捕る状況を思い出し、カワセミのクチバシを真似すれば衝撃が少なくなると考えて設計したのが、あの形です。
 バードウォッチングの効果はさらにあり、パンタグラフの風切り音も下げる必要があったのですが、フクロウが樹上から地上の小動物を襲うときに、ほとんど音がしないことを思い出し、フクロウの羽根の前面に付いている凹凸を真似して、パンタグラフの支柱に凹凸を付けたところ、速度を時速20km落としたのに相当する効果を上げました。

 ハスの葉に水滴が落ちても、コロコロと転がって葉の表面に付着しません。
 顕微鏡で表面を拡大してみると、水の分子よりも小さい突起が表面にあり、それが水をはじいていることが分かりました。
 そこで紙製の皿の表面に同じような細かい突起を付けたところ、ハスの葉と同様に水をはじき、洗わなくても何度も使える皿ができました。

 カタツムリの殻は、かなり汚れていても雨などで簡単に奇麗になる原因を調べたところ、表面に髪の毛の幅よりやや広い間隔で細かい溝があり、それが付着したゴミを簡単に洗い流す効果があるということが分かり、便器の表面をそのように加工したら、水を流すだけで表面の汚れが簡単に落ちるようになりました。

 ヤモリは垂直の壁でもスイスイと上っていきますが、指先に粘着液が付いている訳ではなく、これも顕微鏡で調べてみると、1つの指先に直系20ミクロンほどの細い毛が50万本も付いていることが分かりました。
 これによって電荷をもたない分子どうしが引き合うファンデルワールス力が働き、イモリと壁がくっつくようになることが分かりました。
 そこで表面に数10ミクロンの直径の突起を配置したプラスティックテープを開発したところ、接着剤無しに何にでもくっつくテーブができました。

 鮫は水中をそれほど抵抗を受けずに高速で泳ぎ回るのですが、その秘密は鮫肌と言われるようにV字型をした鱗のような表面に覆われていることが分かりました。
 そのような表面を持つ繊維で作った布製の水着は高速での水泳を可能にし、正式の競技では使用禁止になっています。

 まだまだ無数に事例はあるのですが、なぜ生物は人間よりも優れた能力を持っているかと考えてみると、ごく当たり前のことなのです。
 水中に魚が登場したのは約5億年前、陸上に昆虫が登場したのが4億年前、ヤモリのような爬虫類が登場したのが3億5000万年前です。
 ところが人間はもっとも古い猿人で600万年前、私たちの直径の祖先である新人ではせいぜい20万年前に地球に登場しました。
 魚は人間の5000倍、昆虫は4000倍も長い時間を地球で生き延びてきたわけですから、人間が及びもつかない環境に適合する能力を持っています。
 アメリカインディアンのネズパース族には「どのような動物も、あなたよりはるかに多くのことを知っている」という言い伝えがありますが、まさにその通りです。
 人間は万物の霊長と言われますが、その過信が環境問題を引き起こしている原因でもあると考えると、もう一度、謙虚に生物に学ぶことも重要だと思います。





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