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論文

 震災と原子力発電所の事故の情報が氾濫し、梅雨空と相まって鬱陶しい日々が続いていますので、少し明るい話題をご紹介したいと思います。
 現在、パリで開催されているユネスコの世界遺産委員会で、岩手県の「平泉」が世界文化遺産に、東京都の「小笠原諸島」が世界自然遺産に正式に登録されることになりますが、5月6日にパリのユネスコ世界遺産センターから日本政府に4段階の評価のうち、もっとも上位の「登録」、すなわち当選確実という情報が伝えられたときには新聞や放送が大々的に採り上げました。
 とりわけ「平泉」は2007年に日本政府が委員会に推薦したにもかかわらず、落選しており、今回は震災で東北地方が沈んでいるときの朗報でしたから、大きく報道されたのももっともだと思います。
 さらに5月25日には、山本作兵衛さんの筑豊の炭坑での労働の様子を描いた原画や日記が、やはりユネスコの世界記憶遺産に選ばれ、山本作兵衛さんがあまり知られていない画家ということもあり、話題になりました。

 世界遺産は1975年から始まった制度で、自然遺産と文化遺産と複合遺産に分けられているのは良く知られていますが、それ以外に無形文化遺産や世界記憶遺産がユネスコによって制定されており、今回のように登録が決定すると各国で話題になります。

 ところが同じ世界遺産でも、それほど話題にならないものがあります。
 以前、この番組で昨年10月に山陰海岸が世界ジオパーク、日本では地質遺産と訳されている制度で認定されたということをご紹介しましたが、それ以前、2008年に北海道の洞爺湖と有珠山、新潟県の糸魚川、長崎県の島原半島も世界ジオパークに認定されていますが、あまり大きな話題になりませんでした。
 その証拠に知床半島が世界自然遺産に登録されたり、石見銀山が世界文化遺産に登録されると、旅行会社が団体旅行を企画して大々的に宣伝しますが、山陰海岸の地質を見学に行くという団体旅行は、あまり広告を見たことがありません。

 一言で言うと地味なのですが、つい10日ほど前に、日本で初めて登録された世界遺産も、ほとんど報道されませんでした。
 世界農業遺産、正式には「世界重要農業資産システム(GIAHS)」といわれるもので、北京で開かれていた「GIAHS国際フォーラム」で、6月11日に新潟県佐渡市と石川県能登半島の4市4町が認定され、代表としてフォーラムに参加した佐渡市の高野宏一郎市長と、七尾市の武元文平市長に認定証が渡されました。
 これまでの世界遺産、無形文化遺産、世界記憶遺産はユネスコが主催する制度ですし、地質遺産もユネスコが支援する世界ジオパークネットワーク(GGN)が運営しているものですが、世界農業遺産は国連の機関でローマに本部のある国連食糧農業機関が主宰する制度です。
 この制度は2002年から始まり、世界各地の環境条件に合わせた生産をおこない、自然環境を維持しながら独自の景観や文化を形成している農業を認定するものです。

 これまでペルーの標高2800mから4500mのアンデス山脈でインカ帝国以来続いているトウモロコシやジャガイモの栽培、フィリピンのルソン島のイフガオ地域で行われている棚田の農業、アルジェリアやチュニジアの砂漠の中のオアシスで行われている独特の灌漑農業、中国の山岳地帯で行われている水田で魚を飼って害虫の駆除を行う農業など、8カ所が認定されてきました。

 今回の佐渡と能登半島は日本ではもちろん最初ですが、先進工業国としても最初の事例で、もう少し話題になってもいいと思いますが、地味な対象のせいか、あまり大きく報道されませんでした。
 まず佐渡は絶滅してしまった特別天然記念物のトキを、中国から親鳥を譲り受けて人工的に繁殖させ、自然に放していることで有名ですが、そのトキを育てるために田畑で農薬を減らした栽培をおこなっていることが評価されたものです。
 能登半島は、先日も舳蔵島や七ツ島でシーカヤックを楽しんできましたが、現在でも海女さんが潜って漁をしているとか、日本の棚田百選にも選ばれている有名な白米千枚田(しらよねせんまいだ)が維持されているとか、伝統的な農山漁村が残っている場所ですが、最近、注目されているのが里山・里海という言葉で地域を維持していこうという活動です。

 日本は先進工業国にあって、国土面積の70%近くが森林として維持されています。ちなみにアメリカは33%、イギリスは12%ですから、日本が突出していることが分かります。
 その重要な要因が自然を神様の森で、一年の限られたときにしか里人が入ることを許されない奥山と、日常的に里人が薪を伐ったり、山菜を採ったりする里山に分け、自然を維持してきたことです。
 さらに里山だけではなく、そこを流れる里川、それが注ぎ込む里海を一体とした自然の循環を守ってきたことも日本の農業の特徴でした。
 そのような伝統のある農山漁村が国内でももっとも上手く維持されていることが、能登半島が世界農業遺産に認定された理由です。
 この5年ほど、金沢大学が能登半島北部で里山里海プロジェクトを推進し、地域の人々と協力して伝統を維持してきたことも効果がありました。
 TPPの動きなどによって日本の農業の将来が危惧されていますが、このような伝統を確実に守っていけば、それほど恐れることはないと思います。





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