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論文

 最近、急速に首都機能分散構想が浮上してきました。
 以前は、どちらかと言えば首都移転には反対であった石原東京都知事も、震災後は「東京一極集中の問題点は私も十分理解しています。(副首都を作る構想は)支持します」と方向転換し、現実的な課題になってきました。
 その背景にあるのは東京一極集中の過大な状況です。
 岩手、宮城、福島の3県を対象として計算すると、人口は日本全体の4・5%、経済の指標である域内総生産では4%が被災しただけで、現在の混乱状態ですが、東京に同様の規模の災害が発生すれば、東京都だけで日本の人口の10%、域内総生産の18%ですし、南関東の一都三県であれば、日本の人口の4分の1(27・5%)、域内総生産の3分の1(31・7%)を占めていますから、本当に日本沈没になってしまうという心配があります。

 そして、その南関東に甚大な被害をもたらすM8規模の「東海地震」は今後30年以内に87%の確率で発生すると予測されていますし、東京北西部の地下を走る「立川断層」によるM7・4の規模の直下型地震の発生確率も30年以内に70%に高まっているという警告が地震調査委員会から6月9日に発表されたばかりです。

 もし阪神淡路大震災の規模の直下型地震が南関東に発生すると、津波の被害は除いても、死者1万1000人、負傷者21万人、避難生活者460万人、経済被害は112兆円という数字が中央防災会議から発表されています。
 これに津波の被害を加えれば東日本大震災とは桁違いの災害になりますが、それだけではなく、政治と行政の中心が立地している首都の機能が喪失すると一大事ということで、一気に首都機能分散構想が浮上してきたわけです。

 首都機能移転という話題は1960年の富士山麓新都建設構想以来、何度も検討されています。
 簡単に最近の動向を調べてみますと、80年代のバブル経済によって東京の地価が異常に高騰し、その影響で首都機能移転論が浮上し、90年に「国会等の移転に関する決議」がなされ、それが92年に「国会等の移転に関する法律」に格上げされました。
 この段階では本気ではなかったようですが、95年1月に直下型地震による阪神淡路大震災で巨大な被害が発生し、3月には国会議事堂の近くで地下鉄サリン事件が発生し、首都機能が一極集中している現状が心配され、99年に国会等移転審議会が「栃木・福島地域」「岐阜・愛知地域」「三重・畿央地域」を候補地として選定し、国土交通省に首都機能移転企画課も設置され、首都機能移転気運が進んだようでした。

 しかし、東京都を筆頭に一都三県と横浜、川崎、千葉の3政令指定都市を加えた7都県市が、いざというときには首都の政治と行政の機能を分担するという構想を発表し、石原東京都知事が「首都移転に断固反対する会」を結成して反対するなど移転反対運動が強まり、さらに財政悪化によって12兆円以上と推計された移転費用を国が支出するどころではなくなり、首都機能移転は沈静化していました。

 しかし、今回の震災の影響で、国家の危機管理の視点から、首都機能移転ではなく、首都機能分散の議論が浮上してきたというわけです。
 これまで首都機能の移転や分散の目標は3つありました。
 1) 国政改革を推進する手段
行政改革や省庁再編が現在の場所で業務を継続しているかぎり、なかなか進まないので、場所を変えて心機一転して改革をおこなうという引越理論です。
引越のときには不要な荷物を整理できるという理屈ですが、省庁再編も地方分権も不十分ながら進み、これは重要な目標ではなくなりました。
 2) 東京一極集中の是正の手段
東京への集中は地方の衰退の原因でもあるし、交通混雑、地価高騰など、過度の集中によって、集中の利益よりも損失の方が大きくなり、それを是正する目的でしたが、人口も減少傾向になり、集中傾向も緩和されてきたので、これも以前ほど重要な目標ではなくなりました。
 3) 災害対応の手段
国家の中枢機能が集中している東京が壊滅すれば、国全体の機能が停止してしまうので、その対策として機能分散をしておくという目的ですが、これが急速に浮上してきた首都機能分散議論の根拠となっています。

 この動向に反応して2府5県で構成する「関西広域連合」は4月末に、非常事態のときには関西地方が行政機能や金融機能を代替できる準備をすることを提言し、大阪府の橋下知事も同様の発言をしています。
 それに呼応するかのように危機管理都市推進議員連盟が動きだし、その構想について、菅総理大臣も国会で「東京に地震が発生した場合、それに影響されない地域で首都機能が代替出来る体制が必要」という答弁をしています。
 そこで、国土審議会も「防災国土づくり委員会」を6月になって設置し、危機管理都市を議論し、国土交通省も組織改編をして対応すると、一気に危機管理を目指す計画が浮上してきました。

 これは結構なことだと思いますが、これまでの首都機能移転構想も国土交通省が中心となって、都市というハードウェアを実現することに重点が置かれていましたが、今回の各地の防災対策でも、防潮堤や耐震建築というハードウェアだけでは十分ではなく、避難訓練や情報連絡システムなどソフトウェアの役割が重要だということが明らかになりました。
 そういう意味では、首都機能を分散することによって、どのような地域主権を目指すか、中央政府の構造改革をどうするかなど、国全体の制度改革の議論を優先して検討しないと、どこかに普段は使われないミニ東京を作るという土木事業だけになりかねないことを注意する必要があると思います。





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