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論文

 日本が推進しようとしている移民政策について考えてみたいと思います。
 昨年12月に「改正出入国管理法」が成立し、日本は今後5年間で最大34万人程度の外国人を受け入れることになりました。
 これは2種に区分され、第一は「特定技能1号」で、介護、建設業、造船業、農業、外食産業など14分野の技能を対象に、日本語の能力試験に合格すると与えられる資格で、通算5年の滞在が可能ですが、家族の帯同は認められません。
 第二は「特定技能2号」で熟練した技能を持つ人で、1年から3年ごとに滞在の更新が可能、家族の帯同も可能で、10年以上滞在すれば永住権も取得可能という資格です。
 現在、日本に滞在する外国人労働者は150万人程度ですが、そこへ34万人が追加されるので、それほどわずかという人数でもありません。
 読売新聞が行ったアンケート調査によると、外国人労働者の受け入れに賛成は57%、反対は40%ですが、外国人に介護されることには抵抗がある人の比率は59%、外国人が近所に住むことに抵抗がある人は53%と、いずれも半分以上ですから、総論賛成、各論反対の傾向にあります。

 そこで参考のため、移民政策を本格的に実施した外国について、その経緯と現在の実態を調べてみました。
 フランスは第二次世界大戦後の1945年に移民局を創設し、1947年からイタリア、スペイン、モロッコ、ポルトガル、チュニジア、トルコ、アルジェリアと移民に関する協定を締結し、次々と移民を受け入れ、2005年には移民の合計が493万人、総人口の8.1%になり、フランスで生まれた外国人を追加すると550万人、総人口の9%にまでになりました。
 日本が仮に今後5年で34万人を受け入れて、移民の合計が180万人程度になっても、総人口の1.5%ですから、8.1%という数字が相当な比率だということがわかります。
 このような政策が必要だった背景は、第一次世界大戦で人口の4.3%に相当する170万人、第二次世界大戦で1.4%の55万人が死亡し、フランスの人口減少が大きくなったため、それを補うという目的がありました。
 しかし、1973年末のオイルショックによって不況になったため、新規の移民受け入れを停止し、1977年にはフランスに滞在している外国人が本国に帰国するのであれば、1人に1万フラン(約20万円)を支給するという政策まで実施しました。
 しかし、モロッコ、チュニジア、アルジェリアなどイスラム教徒が中心の国々からの移民は本国の習慣をフランスでも維持するため、1989年にはスカーフを着用する女子生徒の授業への出席を拒否する事件や、最近も公共の浜辺でイスラム教徒の女性が全身を覆う水着「ブルキニ」の着用することを禁止するなどの規制が行われ、問題が発生しています。
 また2015年にはパリ同時多発事件が発生して130人が死亡するなど、民族や宗教の違いから事件が発生するようになり、移民排斥を掲げる国民連合(国民戦線)など極右政党が勢力を拡大する状態になっています。

 ドイツも第一次世界大戦では3.8%、第二次世界大戦では10%もの国民が死亡し、それを補うため、フランス同様にトルコ、イタリア、ポルトガル、ギリシャなどと政府間協定を締結し、次々と移民を受け入れてきました。
 1950年代には合計50万人、70年代には400万人、80年代には500万人、最近では720万人、人口の約10%になっています。
 イタリアやギリシャからの移民は祖国が経済的に復興した段階で母国に帰国した人々もいますが、トルコからの移民は現在でも外国人の18%を占めています。
 その結果、ドイツ国内の各地に「ミニ・イスタンブール」と言われるトルコ人100%の地区も登場し、ドイツ社会と融和しない状況が顕著になっています。
 その対策として、新規の移民にはドイツ語の学習を600時間することを義務にしていますが、国籍の取得は難しい国になっています。
 そのような背景から、2017年の連邦議会議員選挙では反イスラム、反ユーロ(欧州単一通貨)を目指す極右政党「ドイツのための選択肢」が12.6%の得票率を獲得する事態になっています。

 もう1カ国スウェーデンを見てみます。
 1970年にスウェーデンの人口は800万人でしたが、現在では1000万人を突破しています。
 スウェーデンの合計特殊出生率は一時期を除いて2.0以下ですから、増加した200万人は移民と難民で、その比率は国民の23%程度になっています。
 スウェーデンは人道大国かつ高福祉国家として有名で、難民には無償で住居を支給、ベビーカーなど生活必需物資を無償提供、医療も無償か非常に低価格、1日900円の生活費を支給と厚遇しています。
 それでも移民や難民と一般国民との所得格差は拡大しており、1990年には再配分所得のジニ係数は0.21でしたが、2016年には0.28にまで上昇し、格差社会になっています。
 その反映で移民の2世や3世の若者が武器を使った殺人をするようになり、1990年代には4件程度でしたが2017年には40件に増えています。
 その結果、フランスやドイツと同様、極右政党の「スウェーデン民主党」が急速に勢力を増やし、1990年代は議会選挙で1%以下でしたが、2018年の選挙では17.6%に躍進しています。

 フランス、ドイツ、スウェーデンの移民政策と社会の変化の関係を見てきましたが、かなり制約をつけた移民政策を開始する日本の社会がどうなるかを最後に考えて見たいと思います。
 第一は新規に増やす人数は34万人と制約を設けており、すべて実現しても総人口の1.5%という比率ですから、今回紹介した3カ国と比べれば少数です。
 さらに滞在年数に制限を設け、永住権も10年以上の滞在を条件としていますから、やはりハードルは高くしてあります。
 今日紹介した3カ国以外にも、移民や難民を受け入れている大半はキリスト教国で、移民や難民の多くはイスラム教徒という一神教同士という関係があり、摩擦が発生していますが、日本は歴史的にも江戸時代のキリスト教禁教令の時期を除けば宗教に寛容な文化ですから、女性のイスラム教徒の被るブルカ、ヘジャブなどを禁止するということにはならず、宗教的な敵対関係は起きにくいと思います。
 ただし、新しい政策が人口減少で不足する労働力を調達するということが目的になっているのは一種のご都合主義で、多文化国家を目指すのかどうかというような大きな方針が必要だと思います。





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