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論文

 今年も「黄砂」の季節が到来しました。
 これは中国の西部のタクラマカン砂漠や北部のゴビ砂漠、そして黄河の中流域に広がる黄土高原などの砂が強風によって数千メートルの上空に巻き上げられ、偏西風に乗って東の方に飛び、次第に降下してくる現象です。
 風向きによって1年中飛んでくるのですが、特に春先には気圧の配置の関係で増加し、日本では「春の風物詩」という表現さえあります。
 発生源に近い中国では、大規模な黄砂のときには、家屋の倒壊、呼吸器系の病気の増加などにより、死者が発生していますし、韓国でも学校の休校、航空機の欠航、呼吸器系の病気の増加が発生しています。
 それらに比べると日本では「洗濯物が汚れる」「自動車が汚れる」「ビニールハウスに砂が積もる」という程度ですが、黄砂の被害意識も高まっていますので、2004年1月からは気象庁でも黄砂予報を始めています。
 日本では予報官が目視で見通し(視程)10km以下と判断すると、黄砂の到来としていますが、発生源の西の方に向かうほど風物詩どころではなく、厳しい状況になります。

 韓国では「ホワンサ」と呼び、空気中の黄砂の濃度によって「注意報」「警報」「警告」が出され、外出が禁止されたり、屋外スポーツの大会が中止になったりしています。
 中国では、黄砂の状態を5段階に分けていますが、5段階目では濃霧の中に小型台風が襲来したような状況になりますから、地震警報並の警戒態勢になります。
 それらの被害を合計すると、東アジア全体で年間7000億円という推計もあり、相当な被害をもたらしています。

 このように厄介物と見なされている黄砂ですが、ここ数十年、国際的なネットワークで研究が進み、マイナスだけではなく、プラスもあるということが分かってきました。
 それを説明するためには、黄砂そのものの説明が必要ですが、日本で観測される黄砂は髪の毛の直径の数十分の1ですが、黄砂と同じ時期に話題になるスギ花粉の直径の10分の1程度というと、如何に細かい物質かがお分かりいただけると思います。
 これほど細かい粒子になると、風に乗って相当の距離を移動するのですが、観測技術が発達していない時期には、どこまで運ばれていくのかが十分には分かりませんでした。
 ところが1970年代の終わり頃から、気象衛星「ひまわり」が打ち上げられて上空から観察できるようになるとともに、地上からレーザー光線を上空に向けて照射して観測する「ライダー」という装置も登場し、次第に黄砂の状態が詳しく分かるようになりました。
 そうすると中国の砂漠から日本上空を通過して太平洋も飛び越えてアメリカ大陸にまで到着し、最長では地球を3分の2周してグリーンランドまで到達していることが分かっています。

 そこでプラスの第一は漁業への恩恵です。海の中で魚などの生物が豊かな場所は水深が200mより浅い大陸棚です。
 これは川が陸上の様々なミネラル成分を海に運んでくるので、それを栄養として植物プランクトンが繁殖し、それを餌にして動物プランクトンが繁殖し、それを小魚が餌にして、小魚を大きな魚が餌にしてという食物連鎖が成り立つからです。
 しかし太平洋の中央などでは、川がミネラル成分を運んでこないにもかかわらず、魚が豊富な場所があり、これは黄砂がミネラルを運んでくるからだということが分かってきました。
 日本海や東シナ海が世界有数の漁場であるのも、黄砂が運ぶミネラルのおかげだといわれています。
 さらにハワイ諸島の森林の生育も黄砂の効果だという研究もあります。

 第二のプラスは酸性雨を中和する働きです。黄砂は炭酸カルシウムを含んだアルカリ性の物質ですが、空気中で酸性のガスを吸着すると、それを中和するので、日本の場合、酸性雨の2割近くを黄砂が中和していると推定されていますし、日本の農地が酸性にならないのも、黄砂の効果という説もあるほどです。

 第三が地球温暖化との関係です。2001年に発表された「IPCC第三次報告書」では、温暖化と寒冷化に関係する原因をまとめています。
 もちろん、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスが温暖化に最大の影響を及ぼすということになっていますが、それ以外に太陽の活動なども温暖化の原因として挙げられています。
 ところが、新顔として「黄砂」など「エアロゾル」と総称される大気中の微小な物質が温暖化にも寒冷化にも影響するとして報告書に登場しました。

 現在の時期、北海道に行くと、雪の表面が真っ白ではなく黄色になっている場所があります。
 これは黄砂が降ってきたせいですが、表面が黄色になると、太陽光を反射する性質を示すアルベドという数値が小さくなるので、太陽光線を吸収する比率が高くなり、温暖化に作用するということになります。
 一方、黄砂が空中に浮遊していると、太陽光線を遮りますので、地表まで到達する太陽光線が減り、寒冷化に影響するというわけです。
 自然環境が如何に微妙なバランスで維持されているかが分かるとともに、黄砂を一方的に悪者にすることもできないというわけです。





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