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論文

 今日はドイツの物理学者ヴィルヘルム・レントゲンが77歳で亡くなった命日です。
 言うまでもありませんが、レントゲンはレントゲン線とかX線といわれる放射線を1895年に発見した学者です。
 昨年、根岸英一教授や鈴木章教授がノーベル化学賞を受賞された対象であるクロスカプリングというと素人には理解しにくいのですが、X線は色々なモノを透視できるという非常に分かりやすい現象であったので、短い期間で世界に広まりました。
 発見の内容をまとめた論文は1895年12月28日に学会に発送されていますが、2週間後の1月13日には、レントゲンがドイツ皇帝の前で撮影の実演をし、1月23日には地元のヴュルツブルグで一般公開の講演をするほどでした。
 そして1901年に第1回ノーベル物理学賞を受賞しており、クロスカプリングが30年以上前の発明に与えられていることを考えると、大変に短期間で世間に浸透したことが分かります。

 レントゲンがX線を発明したときの様子は広く知られていますが、クルックス管といわれる一種の真空管を黒い厚紙で覆って、そこから出てくる陰極線を研究していたのですが、厚紙を通して陰極線が漏れてくることを発見し、物質を透過する未知の放射線としてX線と名付けたということです。
 このように本来の目的ではない成果を偶然に発見することを「セレンディピティ」と言います。
 科学の発見や技術の発明のなかには、このセレンディピティと呼ばれる例が数多くありますが、今日はいくつかの興味深い例をご紹介したいと思います。

 フライパンの表面などに塗ってあり、油を曳かなくても食品がくっつかないテフロンという材料があります。
 これは1938年にデュポン社の新入社員ロイ・ブランケットがテトラフルオロカーボンという材料を使おうと思い、その材料が入ったボンベのバルブを開けたのですが、新品のはずが何も出てきませんでした。
 普通であれば、空かと諦めて別のボンベを使うのですが、プランケットは不思議に思って、そのボンベを輪切りにしたところ、内側にテトラフルオロカーボンが重合した白いワックス状のポリテトラフルオロカーボンが付いていました。
 それを調べてみると、酸にもアルカリにも熱にも強い素晴らしい物質ということが分かったのですが、高価なテトラフルオロカーボンを使っても、ほんのわずかしか生産できないので、とても実用にはならないと考えていました。

 ところが、当時、アメリカ陸軍が原子爆弾を開発しており、6フッ化ウランに耐える材料を必要としていたため、開発責任者であるレスリー・グローブス将軍が、その材料の話を聞いて、値段をいとわず秘密で生産するようにデュポンに依頼し、大量に生産されるようになりました。
 軍事機密であったため、一般社会で使用されるようになったのは1960年以後ですが、現在では、フライパンの表面だけではなく、人工血管、人工心臓、宇宙服などに使われる材料となっています。

 現在では世界に億単位で普及している電子レンジも軍事研究の付録として発明された装置です。
 レイセオンという軍需企業で、パーシー・スペンサーという研究者がレーダーに必要な強力な磁石を開発していました。
 アメリカ人らしく、胸のポケットにチョコレートバーを入れて実験をしていたところ、電磁石に電源を入れてしばらくすると、チョコレートバーがドロドロになってしまいました。
 そこで、強力な電磁波は材料を加熱するということに気付き、2年後に電子レンジが製品として発売されました。
 その第一号機は高さ180cm、340kgという巨大な装置でしたが、その功績や、それ以外に多数の発明をしたスペンサーは副社長にまで昇進し、会社の敷地内にスペンサービルディングが作られるほど貢献しました。

 このような例をご紹介すると、だれにでも発明や発見の機会はありそうですが、そうでもないのです。
 レントゲンがX線を発見したクルックス管という陰極線管は、その20年前の1875年にウィリアム・クルックスが開発したのですが、それを使っていたフレデリック・スミスというオックスフォード大学の研究者は、そばに置いてあった写真乾板が露光することに気付いていましたが、その原因にまで考えが及びませんでした。
 現在、周波数の単位に名前が残っているドイツの研究者ハインリッヒ・ヘルツも陰極線が写真乾板を露光させることを1892年に発見していましたが、同様に原因を解明することはできませんでした。
 また同じような陰極線管であるレーナルト管を発明したフィリップ・レーナルトはレントゲンにレーナルト管を譲ったのですが、自分ではX線を発見できなかったうえに、レントゲンの論文に自分への感謝の言葉がないことに怒り、生涯、レントゲンの名前を口にすることはできなかったと言われています。
 このように多数の学者が大発見の周りに居たのですが、気が付くのには特殊な才能が必要だったのです。

 番組を聴いておられる皆様は、今日のような例は研究者の話で、自分には関係ないと思っておられるかも知れませんが、そうではないという例を最後にご紹介したいと思います。
 ボタンやファスナーの代わりに使われている「ベルクロ」とか「マジックテープ」といわれるものがあります。
 これはオナモミという名前の草の種がズボンや靴下につくことをヒントに、スイスのジョルジュ・メストレルが発明したものです。
 人類は何万年もオナモミの種に悩まされてきたのですが、メストレル以前に、その利用方法に気付く人はいなかったということで、注意深く観察すれば、だれにも偉大な発見や発明の機会はあるはずです。ぜひ機会を掴まえて下さい。





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