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論文

 先週は「国際森林年」をご紹介しましたが、今年は何の年がもうひとつあります。
 「国際化学年(インターナショナルイヤー・オブ・ケミストリー)」です。
 2005年は「世界物理年」、2009年は「世界天文年」だったのですが、今年はマリ・スクウォドフスカ・キュリー、通称キュリー夫人が1911年にノーベル化学賞を受賞して100年目、そして国際純正・応用化学連合(IUPAC)の前身である国際化学会協会(IACS)が発足して100年になるということもあり「国際化学年」に指定されたわけです。
 化学はセントラルサイエンス、すなわちあらゆる科学の中心と呼ばれることがありますが、私たちが服用する薬の70%が化学薬品であるとか、日常生活で利用している様々なモノの原料のほとんどが化学の成果であるなど、人間にとって必要不可欠な学問です。
 そこで今日は21世紀の化学に期待される3つの分野を紹介したいと思います。

 第一は、ある元素を操作して別の元素に変換するという分野です。
 化学の起源の一つは中世に流行した錬金術です。これは「鉛」のように豊富に存在して経済的価値の低い卑金属を「金」のような貴金属に変えるという技術でした。
 しかし、当時の技術では不可能なことで、一種の似非化学と見なされてきました。
 ところが、20世紀初頭、イギリスの科学者アーネスト・ラザフォードが元素は放射線を出すと別の元素に変わることを発見して1908年にノーベル化学賞を受賞し、錬金術は可能だということになりました。
 例えば、鉛の原子を加速器で高速の70%程度まで加速してベリリウムという元素に衝突させると金に変わるとか、水銀にガンマ線を照射すれば金に変わるということは分かっています。
 ただし、このような方法で金1グラムを作るためには10万年の年月と100兆円くらいの電気代がかかるので、現実的ではありません。

 ところが、ここ10年ほどの化学の進歩で、現実的な実例が登場してきました。
 元素の転換ではありませんが、東京工業大学の細野秀雄教授たちのグループは、セメントの構成分子である石灰とアルミナの化合物C12A7と金属チタンをガラス管に封入して1100度に加熱すると、電気を通さない化合物が電気を通す材料に変わることを発見しています。
 これが実用技術になれば、枯渇が心配されているインジウムのようなレアメタルと同じ機能を果たす物質が石灰やアルミナという安価で大量に存在している物質から作ることができるようになります。
 これは元素を変換する水準ではありませんが、ペンシルヴァニア州立大学のウェルフォード・キャッスルマン教授は、チタン原子と酸素原子に強いレーザー光線を照射するとニッケル原子と同じ働きをする原子になるとか、ジルコニウムと酸素でパラジウム、タングステンと炭素で白金の役割をする原子を作ることに成功しています。
 人間が利用している資源のいくつかは数十年で枯渇すると推定されていますが、このような元素を変換する化学が工業生産の水準にまで到達すれば、問題解決に向かうことになります。

 同じように21世紀の人類が解決しなければならない課題は地球温暖化です。
 そこで期待されているのが人工光合成です。光合成は植物が行っている化学反応で、体内の水と空気中の二酸化炭素を太陽光などの光エネルギーを使って炭水化物と酸素に変えるものです。
 簡単に説明すれば、邪魔者とされている二酸化炭素を有用な材料と酸素に変えてくれますから、一石二鳥の効果があります。
 このような一石二鳥には前例があり、1910年代に空気中の窒素と水素を400度から600度の高温、200気圧から1000気圧の高圧の環境で触媒を使ってアンモニアを製造するハーバー・ボッシュ法が発明されています。
 これで人類は窒素肥料の枯渇を心配する必要がなくなりました。
 二酸化炭素を資源に変える方法としては、水素と混ぜて触媒を使って反応させればメタノールと水になる反応や、二酸化炭素を分解して一酸化炭素と酸素に変える反応がすでに開発されています。
 メタノールや一酸化炭素は様々な工業材料を製造する元ですから第一歩ですが、植物のように水と二酸化炭素と太陽エネルギーだけで反応を完了させることはできません。
 そこで昨年、ノーベル化学賞を受賞された根岸英一教授が新年になり、多数の研究者とともに植物が行っているような人工光合成の研究に取組むと発表され、成果が期待されるという状態です。

 第三はオーダーメイド医薬品の製造です。
 人間が服用している薬の70%は化学製品だという説明をしましたが、それらはブロックバスター医薬品と呼ばれ、多数の人が服用しても大丈夫な組成になっています。
 しかし、人によって微妙に違う症状には適合していませんし、ときには副作用もあります。
 最近では遺伝子情報の解析が進んできましたので、それぞれの人の症状に合わせた医療をするというオーダーメイド医療の時代が始まりつつありますが、そのために薬も漢方薬のように一人一人に合わせたオーダーメイド医薬品が必要になります。
 これも21世紀の化学の重要な目標になります。

 これまで日本は17名のノーベル賞受賞者を輩出していますが、もっとも多いのが化学賞で7名です。
 また昨年7月に東京で開催された高校生による「第42回国際化学オリンピック」には日本から4名参加し、2名が金メダル、2名が銀メダルでした。
 さらに国際純正・応用化学連合の来年と再来年の会長には名古屋大学の巽和行教授の就任が決まっています。
 このように日本は化学分野では力を持っている国です。何となく沈滞気味の日本が国際化学年で元気になることを期待したいと思います。





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