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論文

 アメリカのインターネット書店のアマゾンが「キンドル」という電子書籍を発売したのは3年前の2007年11月のことです。当初は不振でしたが、これまで数百万台が販売されたと推定されています。
 キンドルという英語の単語は「火を点ける」という意味で、まさに電子書籍に火を点けました。
 さらに今年4月にアメリカで発売され、日本をはじめヨーロッパ各国でも5月に発売された「iPad」が電子書籍ブームを一気に爆発させ、今年の4月から6月の第3四半期だけで327万台が販売されることになりました。
 しかし、ここに到着するまで、世界では電子書籍の死屍累々の歴史があります。

 僕の家にも何種類かのお宝になりそうな遺品が残っていますが、1990年にソニーが発売した「データディスクマン」、1993年にNECが発売した「デジタルブックプレーヤー」など第一世代がまず登場します。
 これらは書籍の内容がCD-ROMやフロッピーディスクという媒体に記録され、それを入手しなければならないという不便さで普及しませんでした。
 そこで21世紀のインターネット普及時代になった2003年に松下電器産業が「シグマブック」、2004年にソニーが「リブリエ」などを発売しましたが、いずれも数年で生産中止になってしまいました。
 そして3G世代の携帯電話回線やWiFi回線を利用する第三世代の電子書籍端末として登場したのが「キンドル」や「iPad」、東芝とauが組んで発売した「biblio」、そしてほんの10日ほど前にソニーが発売した「リーダー」、同じくシャープの「ガラパゴス」などが次々と登場という状態です。

 今後どうなっていくのだというわけですが、整理してみると電子書籍には利点はいくつもあります。
 重い本を持ち歩かなくても、数百グラムの端末装置に1000冊以上の本の内容が記録できる。
 紙の本のように書店まで買いに出かけなくてもインターネット経由で24時間いつでも入手できる。
 データベースにデジタル情報として保管されれば、絶版になることがないし、世界に数冊しかない貴重な本でも読むことが可能になる。
 しかし、最大の問題はデジタル情報に転換されなければ読むことが出来ないという課題があり、これまで多くの電子書籍端末が挫折したのは、品揃えがせいぜい数千冊から数万冊という状態だったからだという理由があります。

 そこで、紙の本をデジタル情報にする仕事が電子情報端末の運命を左右するということになりますが、意外にも、この分野には長い歴史があります。
 もっとも古い活動は1971年から始まった「プロジェクトグーテンベルク」です。
 当時は大型コンピュータがようやく普及しはじめた時期ですが、マイケル・ハートというイリノイ大学の学生が、やがてコンピュータが一般に普及する時代が到来すれば、コンピュータ端末で読書をする時代が来ると予測し、個人で文学作品をデジタル情報に転換する作業を始めました。
 当時はスキャナーも光学文字読み取り装置(OCR)もない時代ですから、キーボードから入力するという手間をかけて少数の人々が続け、3万冊ほどをデジタル情報に転換しています。

 しかし、技術進歩は一気に様相を変え、アメリカの「ハチ財団」が数十の大学と共同で進めた「デジタル図書館」プロジェクトでは、わずかな期間で560万冊、ページ数で20億ページをデジタル情報に転換してしまいました。

 そして2003年から「グーグル・プリント」として始まった「グーグル・ブックサーチ」では、700万冊以上の書籍をデジタル情報に転換しています。
 そうすると、そのような手間をかけなくても最初からデジタル情報として"出版"すればいいではないかという出版社や作家も登場し、日本では作家の村上龍さんとコンテンツ制作会社「グリオ」が共同出資で「G2010」という会社を設立し、村上龍さんの自作の『歌うクジラ』などを電子出版しています。

 しかし、電子出版で読むことの出来る本は、現状ではほんのわずかですから、読みたい本が見当たらないということで最近登場したのが「自炊」です。
 これは読みたい本を買って、それを裁断機でバラバラにし、高速のスキャナーでpdfファイルに転換し、それをiPadなどに入れて読むという方法です。
 最近では、自分で手間をかけなくても代行してくれる会社に本を送ると、1冊100円で転換してくれますし、その残骸を買い取ってくれる商売も登場しました。

 我々の世代は書物自体に愛着があって、新しい本をいきなり裁断するということは、なかなかできませんが、自宅が狭いと本の置き場で家庭争議にもなり、日本の住宅事情が創り出した新しいビジネスということもできます。

 突然のようですが、ここで思い出すのが1973年にノーベル医学生理学賞を受賞したコンラート・ローレンツの「刷り込み理論」です。
 ハイイロガンのヒナは生まれて最初に目にした動くものを親と思い込んで追いかけるという性質を発見したのですが、人間の情報媒体への愛着も同様で、子供のときから慣れ親しんだ媒体からは簡単には脱却できないということです。
 以前、石原慎太郎東京都知事と対談していたときに「新聞は電子新聞になります」と申し上げたら、「しかし君、朝、配達されたばかりの新聞を拡げたときの紙とインクの香りはたまらんよ」と言われましたが、まさに刷り込み現象です。
 僕もその世代なので、読み終えた本も簡単にゴミ箱に捨てることもできないので、ついに自分で東京都公安委員会許可の古物営業法によるインターネット古書店を開業しました。格安で販売していますので、ご興味のある方は私のホームページ「www.tsukio.com」を御覧いただければと思います(すでに閉鎖)。





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