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論文

 本日11月18日は「土木の日」です。
 根拠は他愛のないもので、「土」という漢字を分解すると「十」と「一」、「木」という漢字を分解すると「十」と「八」になるからです。
 しかし、この土木という技術分野は歴史があり、記録の残っている最古の技術者は、いまから約5000年前に、エジプトのサッカラに残る階段状ピラミッドの建設の指揮をとったイムホテップという土木技術者とされているほどです。
 日本の大学教育を振り返ってみても、1877年に東京大学が創設され、法学、理学、文学、医学の4学部で構成されていましたが、その理学部のなかに工学が含まれ、工学は土木と機械に分かれていましたし、1886年に工科大学が設立されたときの7学科の一つは土木工学科でした。
 したがって、日本の大学教育の中で土木工学というのは130年以上の歴史があるのですが、ここ10数年、土木工学に異変が発生しています。

 東京大学の土木工学科が現在では「社会基盤学科」に改名され、それ以外にも、東京工業大学は「土木・環境工学科」、法政大学は「都市環境デザイン工学科」、徳島大学は「建設工学科」、広島工業大学も「建設工学科」東北学院大学は「環境土木工学科」から、さらに「環境建設工学科」に変更というように、学科の名前から「土木」の文字が急速に消えているのです。
 現在、国内には約130の大学と30の短期大学や工業高等専門学校に土木に関係する教官が在籍していますが、学科名に「土木」が付いている学校は20校に満たないという事態になってしまいました。

 大学は時代の変化に合わせて教育内容を変え、その教育内容に合致する名前に変えることは必要ですが、より現実的な理由は「土木」という名前では受験生が集まらないということです。
 それに追い打ちをかけているのが、民主党政権の「コンクリートから人へ」というスローガンで、将来を考えて専門を決めようとしている若者が、コンクリートを代表するような土木事業へ関心を無くしているのではないかということです。
 そして、先頃の10月28日の行政刷新会議による事業仕分けでは、「社会資本整備事業特別会計」を廃止し、治水、道路、港湾などの土木事業を一般会計に統合し、道路や港湾の予算は10から20%圧縮、スーパー堤防事業は廃止ということになりました。

 この「コンクリートから人へ」の方針で影響を受けている代表がダム建設です。
 昨年の第45回衆議院議員総選挙のときの民主党のマニフェストには「川辺川ダムと八ツ場ダムは中止」と掲げられ、民主党政権になりましたので、昨年9月16日に前原国土交通大臣は就任会見において八ツ場ダムの事業中止を明言し、鳩山首相も記者会見で、その見解を支持しました。
 しかし、内閣が変わり、先頃11月6日に八ツ場ダムの現地を視察した馬淵国土交通大臣は「中止の方向性について今後は言及しない」と述べ、実質的に建設中止の方針を撤回しました。
 これでは中国を法治国家ではなく、それぞれの政治家の判断によって結論が変わる人治国家だと批判できない状況です。

 ただし、このダム建設中止の動向は民主党政権になってから始まったわけではなく、自由民主党政権の1990年代に見直しが行われ、約270のダムの計画が中止になっています。
 その理由は、約60%が計画で想定したような水の需要が期待できなくなったこと、約33%は詳細な調査をしたところ期待する貯水量が得られないことで、残りの数%が反対運動や環境問題によるものでした。
 これまで計画が意外に適当な見込みで作成されていたことが分かり、この中止は結構なことだと思いますが、このダム建設見直しの契機となったのは、アメリカで相当数のダムの撤去が行われ、内務省開拓局のビアード長官が、1994年に「アメリカではダム建設の時代は終わった」という発言をしたことです。
 これでダム反対派が活気づいたのですが、アメリカで撤去された約500のダムの90%以上は堰堤の高さが15m未満、さらに約50%は5m以下の施設で、日本では「堰」に分類されているものであり、80%以上は戦前に建設された古いダムで、リクリエーション用の湖水を作る目的のものが多数でした。
 その一方、アメリカでは1999年の時点で42のダムが建設中ですから、簡単に言えば、不要になったものは撤去し、必要なものは建設するということなのです。

 その日本には堰堤の高さ15m以上のダムが約3000あり、その貯水量を合計すると250億立方メートルになりますが、これはアメリカのコロラド川に建設された有名なフーバーダムの貯水量の60%程度でしかありません。
 もちろん国土の事情が違うので、だから日本がどうかという比較は出来ませんが、一つ御紹介しておきたいのは、日本は食料の60%を海外から輸入しており、それは穀物や食肉を生産するために海外で使われた水を輸入していることにも相当するという仮想水の考えです。
 現在、日本は食料自給率を上げることが重要な国家の目標になっていますが、極端な場合、食料自給率を100%にしようとすると、現在、日本で使っている水と同じ程度の水が農林畜産で必要になります。
 そうするとダムの必要もないわけではありませんが、八ツ場ダムが現在の場所に建設されることが決定したのは1967年で40年以上前のことです。
 未来予測を英語で「フォアキャスティング」と言います。これは現在を基点として将来を予測することですが、最近「バックキャスティング」という概念が注目されています。
 これは、数十年なり数百年なりの望ましい未来を想定し、そこから逆算して現在、どのように行動することが適切かを決定するということです。
 土木事業は、まさにバックキャスティングが必要な分野で、そのような展望をもって事業仕分けも考えてほしいと思います。





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