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論文

 今日は東京五輪大会の絵文字(ピクトグラム)についてご紹介したいと思います。
 東京パラリンピック大会の開催まで500日となった先週の土曜日(4月13日)に大会で行われる23種目の競技の絵文字が発表されました。
 東京オリンピック大会で行われる33競技50種目の絵文字についても、開催500日前の3月12日に発表されています。
 周知のことですが、オリンピック大会の競技について絵文字が初めて制作されたのは1964年に開催された第18回の東京大会の時です。
 その背景はいくつかありますが、第一はアジアで初めて開催された大会ということです。
 近代オリンピック大会はヨーロッパで発案され、第1回のアテネから東京大会の直前の第17回のローマ大会まで、実際に開催された14回のうち、11回はヨーロッパ、2回はアメリカ、1回はオーストラリアでしたので、開催都市の現地ではアルファベット(ローマ字)表記で問題ありませんでした。
 しかし、1960年代の日本は現在のようにアルファベットが氾濫している時代ではなかったので、様々な言葉を使っている90カ国以上から参加する選手や関係者に会場などを案内するためには文字だけでは難しいという事情がありました。
 もう一つの理由は、当時の日本は現在のように1年間に3000万人以上も外国人観光客が到来する時代ではなく、現在の200分の1の年間15万人程度で、外国人が珍しい時代でしたから、施設の表示などはほとんど日本語だけでした。
 そのため競技場の案内だけではなく、公衆電話、病院、郵便局、両替所などをどのように伝えるかが課題でした。

 そこで考え出されたのが絵文字でした。
 前回の東京オリンピックのデザイン専門委員会の委員長であった勝見勝(まさる)さんが10数名の若手デザイナーを集めて絵文字を作ることにし、出来たのが23種目の競技の絵文字だけではなく、公衆便所や交番など公共施設の絵文字を含めて39種類でした。
 それらが今後も自由に利用されるために著作権を放棄したのですが、人気があったため、それ以後のオリンピック大会でも、開催都市がそれぞれ独自の絵文字を作成し、東京大会の絵文字が継続して使用されることにはなりませんでした。
 しかし、2000年のシドニー大会ではオーストラリアの先住民族アボリジニが使用しているブーメランの形を反映した絵文字、2004年のアテネ大会ではギリシャ古代の陶器(アンフォラ)に書かれた人物像を想像させる絵文字、2008年の北京大会では中国古代の文字である甲骨文字を反映した絵文字というように、各国の文化を反映したデザインになり、前回の東京大会は大きな役割を果たし、最近の流行語で表現すればレガシーを残しました。

 もう一つ、日本の絵文字が世界で評価された事例があります。携帯電話で使う絵文字です。
 携帯電話で絵文字が使われたのは、1995年に数字しか伝送できないポケットベルで88と入力するとハートマークが送信できるというサービスでした。
 しかし、1999年にポケットベルの次の通信手段として、ドコモが携帯電話からインターネットに接続できる「iモード」を発表し、絵文字は花開きました。
 「iモード」では、普通の文字セット以外に176種類の絵文字が用意されたのです。
 例えば、ソフトクリームと入力する代わりに、その絵を選べば伝わるという仕組みですが、笑い顔、泣き顔など感情を表す絵文字、ウサギ、カエル、ウシ、イヌ、ヘビなど動物の絵文字、サーフィン、スキー、ゴルフなどスポーツの絵文字などが作られ、次第に増えていって300種類にもなりました。
 一見、子供の遊びのようですが、簡単である上に文字では表せない感情も表せるということで人気になり、2006年にはグーグルの日本法人で絵文字プロジェクトが創設され、そこで作り出された絵文字をユニコードに登録するようにしました。
 ユニコードとは世界で使われている文字や記号を統一した16進数で表現する基準で、ウィンドウズ、マックOS、Javaなどで文字を表す規格として使われています。
 ユニコードは110万程度の文字を含めることができるので、1000程度の絵文字を含めるということは雑作もないことで、現在、千数百の絵文字が登録されています。
 これは世界中に普及して利用されていますが、2015年4月にホワイトハウスで安倍首相と会談したオバマ大統領は「日本発祥で世界的に普及した代表的な文化」として絵文字の発明に感謝の意を伝えたというエピソードまであります。

 近代的な絵文字は日本が発明したわけではなく、1920年代から統計結果を表すのに使われていた「アイソタイプ」が最初と言われています。
 例えば、バナナを好きな人が3割、リンゴが好きな人が4割、ミカンが好きな人が3割という結果を数字で表す代わりに、バナナを3本、リンゴを4個、ミカンを3個と絵で表すという手法です。
 しかし、何十とあるオリンピック競技を見事に絵文字にした最初は日本ですし、携帯電話の通信内容を多彩にした絵文字を発明したのも日本という誇るべき文化を作り上げています。
 その背景は日本が漢字という表意文字と平仮名と片仮名という2種類の表音文字を一体として使う世界で唯一とも言われる文字体系を発明し、現在まで使用している文化にあると思います。
 人類が高度に発達した文化を作り上げた要因の一つは言葉とそれを記録する文字を発明したことですが、その文字の最初は絵文字でした。
 一般には今から5000年以上前のメソポタミアの都市ウルクで使われていた絵文字や、同時期にエジプトの古代王朝で使われていたヒエログリフが元祖とされていますが、それを現代に蘇らせているのがオリンピック大会の絵文字だと考えると、単なる案内記号を超えた意味が垣間見えます。





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