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論文

 10月に名古屋市で「生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)」が開催されることになっており、5月24日から28日にはケニアのナイロビで準備会合、7月10日から16日はカナダのモントリオールで作業部会が開かれ、10月の会議で議論する議定書案が検討されましたが、ほとんどまとまらないままで終わっています。
 9月中旬にバンコクで補足会合が開かれますが、議定書案がまとまる見通しは薄いと予測されています。

 まとまらない原因は大きく二つありますが、一つは、どのような数値目標を掲げるかについての意見の対立です。
 さかのぼってみますと、2002年にオランダのハーグで開かれた第6回締約国会議(COP6)で「2010年までに生物多様性の損失速度を顕著に減少させるという目標」を設定することになっていました。
 そこで事務局案として「陸地や海面の生物多様性を保護する区域の面積を全体の15%にする」とか「森林の損失や劣化を半減する」という目標を用意しましたが、欧州連合(EU)が「2020年までに損失を停止させる」という過激な目標を明記すべきだと強硬に主張してきたのです。
 当然、途上国は非現実的と反発していますが、1997年の京都会議での議論を思い出させるような、EUが主導権を取ろうという意図が透かして見えてきます。

 もう一つが「バイオパイラシー」といわれる課題についての先進国と途上国との意見の対立です。
 この聞き慣れない言葉を説明するためには、生物多様性条約の目指すところから説明する必要があります。
 生物多様性条約が制定されたのは1995年で、現在、190カ国とEUが批准していますが、主要な目的は3つあります。
 1)生物の多様性の保全
 2)生物の持続可能な利用
 この2つは理解しやすいのですが、
 3)遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な利用
という分かりにくい目的があり、これがバイオパイラシーに関係しているのです。

 バイオパイラシーのパイラシーは海賊行為という意味ですが、特許権侵害というときに使われる言葉です。
 バイオ、すなわち生物資源について特許権侵害が発生しているという状況をバイオパイラシーと表現しているのです。
 実例をご紹介すると、2005年に愛知県で開かれた「愛・地球博覧会」のアンデス共同館で「カムカム」という清涼飲料が約50万人の人に提供され、大変な人気でした。
 これは単位容積あたりのビタミンCがレモンの60倍、アセロラの2倍あるということで、その後、日本の何社かがカムカム入りの清涼飲料を発売し、最近ではカムカム洗顔化粧石鹸も発売されています。
 ところが2006年3月にカタールの首都ドーハで開かれたWTO(世界貿易機関)のTRIPS(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)理事会で、ペルーの代表がカムカムを利用した製品の特許出願はバイオパイラシーの可能性があると発言したのです。

 カムカムはペルー原産の植物ですから、それを原料とする製品を開発して特許を取って独占するのは、長年、途上国が維持してきた資源を略奪するのに等しいという気持なのです。
 そこで先程の3番目の目的が理解できると思いますが、遺伝資源を利用して得られる利益を、開発する先進国だけではなく、資源を維持してきた途上国とも公平に配分しようという訳です。
 この利益配分について、COP10での議定書で
 1)生物資源を利用した派生物といわれる製品について、対象とするか否か
 2)特許を申請するときに資源の出所の記載を義務とするか否か
 3)議定書が有効になって以後のみ対象とするか、以前も対象とするか
について、先進国と途上国の意見が対立しているのです。

 ジャガイモ、カボチャ、トマト、トウガラシ、ピーナッツなど、現在、私たちが日常食べている食べ物、コカイン、キニーネなどの医薬品もアンデス高地が原産地です。
 そのような過去から利用されてきた生物だけではなく、マダガスカル原産の「ニチニチソウ」が抗がん剤として有用であり、インフルエンザで有名になったタミフルの成分は中華料理の香辛料に使われている「八角」の成分であるなど、最近の薬品も生物から抽出された成分が利用されています。
 近代科学が発展して、合成された化学薬品が増加しているとはいえ、現在でも薬品の4分の1は生薬が利用されていますし、カムカムの例が示すように、まだまだ知られない有用な生物資源は豊富にあります。
 例えば、ペルーには世界の高等植物の10%に相当する2万種が存在していますが、そのうち約5500種はペルーにしか存在しない種類です。
 すでに食用や薬用に使われているものも多いのですが、これから利用されるものも多数あります。
 その一方、昨年11月にIUCNが発表したレッドリストによると、調査対象となった4万7677種の生物のうち、37%に相当する1万7291種が絶滅危惧種です。
 このような状況を考えると、多様な資源が失われないようにするとともに、それらを人類全体で利用できるようにしていくことが重要で、10月の会議の結果は人類の将来を左右するといっても過言ではないと思います。





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