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論文

 夏になると、なぜか四谷怪談や化物屋敷が話題になりますが、最近は妖怪ブームのようです。
 京極夏彦さんが1997年に発表した小説『嗤う伊右衛門』は第25回泉鏡花賞、「週刊文春ミステリーベストテン」では1997年の9位、宝島社が選ぶ「このミステリーがすごい!」では1998年の8位になり、2004年には蜷川幸雄(ゆきお)監督、唐沢明、小雪主演で映画になり、第16回東京国際映画祭の特別招待作品という具合です。
 そして1999年から始まった『巷説百物語』シリーズは、漫画やテレビドラマになり、ついに2003年発表の『後巷説(のちのこうせつ)百物語』は第130回直木賞を受賞しました。

 さらに人気があるのは「ゲゲゲの鬼太郎」で有名な漫画家の水木しげるさんの妖怪で、出身地の鳥取県境港市の境港駅から「水木しげる記念館」までの800mの商店街は「水木しげるロード」と命名されて139体の妖怪の彫刻が置かれ、今年の4月には米子空港は「米子鬼太郎空港」という愛称になり、境港市観光協会が発行している『妖怪ガイドブック』(100円)は昨年度だけで10万部が売れるというベストセラーになっています。
 そして夫人の武良布枝(むらぬのえ)さんの自伝『ゲゲゲの女房:人生は終わりよければ、すべてよし!!』(2008)をもとにして、今年3月からNHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」が放送されるという人気です。
 また今年2月には、「第1回境港妖怪シンポジウム」も開催され、人口3万5000人の日本海に面した小都市は、妖怪に乗っ取られたという状態です。
 その結果、1993年には23体ではじまった「水木しげるロード」の年間観光客数は1994年には28万人でしたが、銅像が139体になるとともに増え、2009年には157万人と5.6倍になり、この5月には1ヶ月の最高記録36万6344人を達成しました。

 この妖怪は最近出現したわけではなく、世界各地に古くから存在しています。
 例えば日本では、『古事記』や『日本書紀』に登場する「ヤマタノオロチ」は妖怪と言っていいし、『日本書紀』に「大きい星が東の空から西の空に向かって流れ、雷のような音をたてた。唐からきた旻僧(びんのほうし)があれは流れ星ではなく、天狗というものだ」と言ったという記述もあります。

 しかし、多数の妖怪が登場するのは平安時代初期(一説に822年)に書かれた日本最古の説話集『日本霊異記』です。
 これは正式の書名『日本現報善悪霊異記』という名前が示すように、善にも悪にも必ず報いがあり、それは現世だけではなく、来世や地獄で受けるものであるという仏教の教えを説く116話が収められています。
 ここには鬼や化物狐が登場しています。
 その後も『大鏡』『宇津保物語』『今昔物語』などには、鬼、天狗などが頻繁に登場しますが、広く一般に広まるようになったのは江戸時代で、浮世絵師などが妖怪を絵にして広め、歌舞伎が芝居で広めたことが影響しています。
 京極夏彦さんの『嗤う伊右衛門』は四代目鶴屋南北の有名な歌舞伎の『東海道四谷怪談』を下敷きにした内容ですし、『巷説百物語』は江戸時代の『諸国百物語』(1677)、『御伽百物語』(1706)、『太平百物語』(1732)などを参考にしています。

 それでは妖怪が流行するのは何故かということですが、これを明治時代に大学で講義をした学者が居るのです。
 現在の東洋大学の前身は、明治18年に東京大学文学部哲学科を卒業した井上円了という学者が明治20年に創設した「私立哲学館」です。
 この私立哲学館での授業の最初の科目表が残っていますが、そこには「地理学」「心理学」「政治学」「経済学」などと並んで「妖怪学」が共通科目として記載されており、授業は井上館長自身でおこなっていました。
 この講義録は全6巻の『妖怪学全集』として現在でも入手可能ですが、目次を見ると「妖怪百談」「霊魂不滅論」「天狗論」「おばけの正体」などの項目があります。そして学校での講義だけではなく、全国を講演して回ったそうです。
 なぜ東京大学を卒業した哲学者が世間では「妖怪博士」といわれるほど真面目に講義や講演をしたかという理由を推し量るには、井上円了による妖怪の分類が参考になります。
 科学では解明できない「真怪」、自然現象として発生する「仮怪」、人間心理によって生ずる「誤怪」、人が創り出した「偽怪」と分け、迷信や誤解などと本当に不思議な現象を見分けていくことが必要だと説いたということです。
 すなわち、安易に怪談などを信じるのではなく、自分で考える哲学が必要だということです。

 6月12日の朝日新聞によると、最近は神社ブームで、2002年には約8500万人であった正月三が日の神社仏閣への人出が今年は1億人近くに増え、同様に伊勢神宮への年間の参拝者数も530万人くらいから850万人に飛躍しています。とりわけ若者の増加が多いということです。
 また霊力が宿るとされるパワースポット信じる人はアンケートに答えた人の3分の1に及んでおり、その効果の期待は「金運」が一番です。
 長引く不況で神頼みということを否定はできませんが、まさに井上円了が妖怪学の講義をした目的である、自分で考え、自分で解決する努力もする必要があるということではないかと思います。





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