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論文

 東京の臨海副都心にある「日本科学未来館」のミュージアムショップで「ミドリムシクッキー」や「ミドリムシベーグル」が人気を集めているようですが、ミドリムシはムシではなく、ユーグレナという学名の植物で0・05mm程度の大きさの単細胞の藻類の一種です。

 しかし、最近、本物のムシ、すなわち昆虫を食糧資源にするということが世界規模で注目されています。
 その背景には、人口が依然として急速に増えていくのに、食糧生産が追いつかないという、トマス・ロバート・マルサスが200年以上も前に『人口論』で警告した通りの現実が迫っているからです。
 とりわけ深刻なのがタンパク質の不足で、家畜や魚類などによるタンパク質の生産は年間1億5000万トンほどですが、まだ5000万トン不足しているという現実があります。

 そこで昆虫が注目されるのですが、なぜ昆虫かという前に世界の現実をご紹介したいと思います。
 僕は子供のときには田舎に疎開していましたが、食糧難のためイナゴを獲ってきて佃煮にして食べるのは日常的でしたし、蜂の子などは貴重品でした。
 江戸時代の文献を調べてみると、18世紀に出版された『和漢三才図絵』には「之を取りて炒り食う/味甘美にて小蝦の如し」と書かれていますし、19世紀に江戸の風俗を図入りで紹介した喜多川守貞の『守貞漫稿(もりさだまんこう)』にも「いなご蒲焼売」という商売があり「いなごを串にし醤をつけて焼きて之を売る/旬の物也」と書かれ、商品になっていたことが分かります。

 蜂の子についても、江戸末期に尾張藩士の三好想山が書いた『想山著聞奇集』には、要約すると「美濃国から信濃国にかけてはハチの巣の中にある白いウジのような子を取って醤油で味を付け、炊きたてのご飯に混ぜて珍客などをもてなす/風味は香ばしくてはなはだ美味しい」と書かれています。
 しかし、時代が豊かになって、イナゴ、蜂の子、カイコなどは、愛好家にとてっては珍味ですが、残念ながら、多くの方にはゲテモノという印象になってしまいました。
 とても食べられないという方も居られると思いますので、ご参考までに『想山著聞奇集』にも「名古屋などから来た人は気味悪いと言って食べないことが多い」と書いてありますので、ご安心いただきたいと思います。

 しかし、世界を見回してみると、昆虫を日常的に食べている地域は多数あります。
 「4本足で食べないものは机だけ、2本足で食べないものは親だけ(これが刺激的すぎるのであれば「梯子だけ」)と言われる中国には、昆虫を食べることについての世界最古の記録があります。
 今から3000年近く前の周の時代に書かれた『礼記(らいき)』という書物に、当時の帝王の食事のメニューが残されていますが、「アリ」「セミ」「ハチ」が書かれているほどで、現在でも200種類以上の昆虫が日常的に食用になっています。.
 とりわけ山岳地帯の雲南省では世界有数の昆虫を食べる地域で、現在でも蜂の子だけではなく、成虫まで酒に漬けて瓶詰めにし、薬として売られているほどです。

 三橋淳(みつはしじゅん)博士が世界各地を調査して『世界昆虫食大全』という立派な本を書かれていますが、それによるとアフリカでは500種類、メキシコで400種類、タイで300種類、ブラジルで150種類の昆虫が食用になっていますし、シロアリ、アブラムシ、シラミさえ立派な食材にしている地域もあります。
 しかし、日本も過去には様々な昆虫を食べており、記録残っているものを数え上げると150種類近くになります。
 そして現在でも、長野県ではハチノコ、カイコ、ザザムシなどは缶詰で売られています。

 なぜ飽食の時代ともいわれる時代に昆虫が食材として注目されるかということですが、第一の理由は地球に棲息している動物のうち、80%は昆虫で種類が圧倒的に多く、その量も豊富だということです。たとえば世界中のシロアリの重量を合計すると、人間一人について500キログラムにもなるほど存在しています。
 第二は繁殖力が旺盛なことです。例えば1対のイエバエは4ヶ月後には15X10の18乗、すなわち15の後ろにゼロが18個並ぶほどの数に増加します。
 第三に昆虫は人間が食べない木の葉や草を食糧として栄養価の高いタンパク質や脂肪に転換してくれますから、人間と食料源が競合しないという利点があります。
 そして昆虫は変温動物ですから、体温を維持するためにエネルギーを消費しないという点でも効率のいい生物です。

 反対に、人間が食用に飼育しているウシ、ブタ、ニワトリ、ヒツジなどの家畜は体温を一定に維持する恒温動物ですから、そのためのエネルギーを余分に必要としますし、人間の食糧にもなるマメやトウモロコシをエサにし、しかもウシでは与えたエネルギーの20分の1くらいしか人間の食べ物にならないという非効率な生物です。
 そのような訳で、5年後には、朝食にイエバエの佃煮、夕食にゴキブリの油炒めという時代が到来しているかも知れません。





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