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論文

 2008年度の東京の上野動物園の年間入園者数が60年ぶりに300万人を割り込んで290万人になり、2位の北海道の旭山動物園の277万人に肉薄される状態になりました。
 様々な原因があると思いますが、飼育されていたパンダの「リンリン」が2008年4月に死んだことが大きく影響しているのではないかと推定されています。
 石原東京都知事は「友情の印に金を取るというは如何なものか?」と、中国政府がパンダを高額な料金と引き換えに貸し出すことを皮肉り、「日本のほかの動物園がいっぱい持っているから、それほど見たいのなら、そこへ見に行ったらいい」と毒づいていました。
 しかし、動物園の提案箱には「パンダがいなくて残念です」という投書も目立つようになり、それを裏付けるように入園者も大きく減ってきたため、背に腹は変えられないということで、来年から、年間8500万円ほどのレンタル料を払って、オスとメスをそれぞれ1頭ずつ借りることになりました。
 2月の発表のときの石原東京都知事の発言は「全国の子供たちに希少動物保全の大切さを伝える教育効果も期待できる」というものでした。

 なぜ2月の話題を今頃と思われるかも知れませんが、それは今日3月11日が「パンダ発見の日」だからです。
 今から141年前の1869年3月11日に、フランス人のアーノルド・ダヴィド神父が中国の四川省の奥地で、現地の農民から白と黒の模様の毛皮を見せられたのが、西欧社会がパンダを知った最初の出来事だったのです。
 この「発見」というのは難しい概念で、1492年にコロンブスが西インド諸島を発見したとか、1606年にヤンツがオーストラリア大陸を発見したと言われますが、西インド諸島には、コロンブスが到着する1万年以上も前から数百万人の先住民族が生活していましたし、オーストラリア大陸にも数万年前から数十万人の先住民族アボリジニが生活していましたから、あくまでも西欧中心の視点での「発見」ということです。
 パンダも四川省の住民は、はるか以前から知っていたわけですが、西欧人が発見したのが141年前ということです。

 多くの場合、この西欧社会による発見は動物にとっては迷惑千万なことで、パンダについても同様でした。
 まずアメリカ大統領シオドア・ルーズベルトの2人の息子が、この珍しい動物を一番乗りで射殺するために到来して撃ち殺し、『ジャイアントパンダを追って』という本で、その様子を誇らしげに書きました。
 その後も研究所が標本を入手するために到来し、8年間で7頭が殺されていますし、世界の動物園が目玉にしたかったために、10数頭が捕らえられ、現在では絶滅危惧1Bになってしまっています。

 その後も、文明社会が発見した生物は何種類もあります。
 しかし、地球のあらゆる場所を人間が探検しているのに、新しい動物や植物の発見があるのかと不思議に思われる方も多いかも知れませんが、新発見はいくらでもあるのです。
 人間が発見した植物や動物に名前を付けることを「同定」(アイデンティフィケーション)と言いますが、現在、人間が同定した動植物は180万種から200万種です。
 しかし、地球には、まだ人間が知らない生物は大量に存在し、5000万種から1億種は棲息しているのではないかと推定されていますから、未知の生物が既知の生物の25倍から50倍はいるということになります。
 例えば、2008年8月にはタスマニア島の南方200キロメートルの海底で、274種類の新種の海洋生物が発見されていますし、日本の海洋研究開発機構の所有する「しんかい6500」という潜水船は潜るたびに新しい海洋生物を発見しています。
 また、熱帯雨林も生物の宝庫で、イギリスの博物学者ヘンリー・ベイツは19世紀にアマゾンの熱帯雨林に11年間滞在し、1万4700種類の爬虫類、鳥、昆虫を採集し、そのうち8000種類は新発見でした。

 しかし、パンダのような大型動物の新発見になると、最近ではあまり例がありませんが、わずか45年ほど前に日本で大発見がありました。
 西表島に棲息する「イリオモテヤマネコ」です。
 これも西表島の人々の間では「ヤママヤー」とか「ヤマピカリャー」として知られていたのですが、1965年に動物作家の戸川幸夫(とがわゆきお)さんが頭骨と毛皮を入手し、さらに67年にはオスとメスが1頭ずつ生け捕られ、新種ということが分かり、20世紀最大の発見と騒がれることになりました。
 これが、どの程度の発見であったかを示す興味深い話があります。
 1978年にイギリスのエジンバラ公から日本の皇室にイリオモテヤマネコを保護して欲しいという手紙が届いたのですが、その一部に住民を島外に退去させるという提案が含まれていたために、地元の人々が反発するという事件になったのです。

 これまで世界各地で多数の生物を絶滅させてきた西欧人が良く言うよというのが日本人の気持ですが、善意に解釈すれば、それほどの大発見であったということだったのです。
 これから人口はまだまだ増え続けますが、それは人間と未知の生物との遭遇の機会を増やすことでもあります。
 科学の発見としては興味あることかも知れませんが、パンダの過去が示すように生物にとっては不幸になる場合がほとんどです。
 人間も自然のほんの一部でしかないということを改めて思い起こすことが必要だと思います。





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