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論文

 現在、南アメリカのペルーのピサックという小さな村に来ています。大略の場所はインカ帝国の首都のあったクスコから東へ30kmほど、自動車で曲がりくねった道を1時間ほど走った位置にあります。
 この一帯は「聖なる谷」と呼ばれて、インカ帝国の遺跡が残っており、観光客が多いのですが、遺跡以外に観光客が目指すものがあります。
 日曜日に村の中心で開かれる市場です。
 写真などでご覧になっていると思いますが、ペルーの人々の衣服は赤、青、緑などの原色を組み合わせた華やかなものですが、もう一つ、華やかなものが、市場に並べて売られている野菜などの食べ物です。
 トウモロコシも日本で見掛ける黄色だけではなく、赤色から茶色、黒色まで様々な種類が並んでいますし、ジャガイモの何十種類と売られています。

 ペルーを中心にして、南北に伸びているアンデス山脈は8000km以上の距離があり、最高の高さの山は標高6962mで、ヒマラヤの山々よりは低いのですが、距離は世界一長い山脈です。
 このアンデス山脈は、実は世界の遺伝資源の宝庫といわれている地域です。
 現在の人間は、歴史的に見ると貧しい食事をしており、農場で大規模に栽培されて市場で売られている作物は20種類程度、自家用も含めて栽培されている作物は200種類程度です。
 しかし、かつて自然に生えている植物を食糧にしていた時代には、1500種類以上の野生植物を食べていました。
 そのような時代から、大量に栽培可能な植物を選んで人間が育ててきたのですが、その元になる植物が生えていた場所は、世界の7カ所か8カ所にしか過ぎません。
 これは1926年にソビエト連邦のヴァヴィロフ博士が提唱した「遺伝子の多様性中心説」という考え方で、その元となる植物が集中している地域を「ヴァヴィロフ・センター」と言います。
 1)インドからインドネシアにかけての熱帯地方
 2)中国から日本にかけての東アジア
 3)イランからイラクにかけての南西アジア
 4)地中海一帯
 5)アフリカのエチオピアからソマリアにかけてのアビシニア地方
 6)ユカタン半島からカリブ海にかけての中央アメリカ
 7)そしてアンデス山脈なのです。

 我々が現在、日常的に食べている食べ物で、アンデスが原産地という植物は多数ありますが、代表的なものを挙げるとマメ類では「インゲンマメ」「ピーナッツ」が有名ですし、果物類では「パパイヤ」が知られています。
 野菜では「トウガラシ」「カボチャ」「トマト」がありますし、「タバコ」や「ワタ」もアンデス原産です。
 さらに最近になって日本に紹介され、健康食品として注目されているのが「マカ」ですが、これについては因縁の深い史実があります。
 16世紀にスペインがインカ帝国を征服するために到来したとき、最大の戦力はウマだったのですが、酸素の薄い高地であったため、ウマが繁殖できないという危機に直面しました。
 ところが、原住民の知恵で「マカ」の葉をウマに食べさせたところ、繁殖するようになったということで、滋養強壮剤として、日本でもマカ酒が販売されていますし、NASAでは宇宙飛行士の食事に採用しているそうです。

 スペイン人は「マカ」によって救われたのですが、スペインどころか世界を救ったアンデスの作物があります。言うまでもなく「ジャガイモ」です。
 征服民のスペイン人は4000m近い高地で食糧が入手できず困っていました。
 中央アメリカ原産の作物に「トウモロコシ」がありますが、これは寒冷な気候に弱く、標高3300m以上では栽培が出来ず、利用できませんでした。
 ところが、スペイン人がインディオと呼んだ原住民は「ジャガイモ」を品種改良しながら主食とし、繁栄していたのです。
 そこでスペイン人は、本国に帰国するときに、金銀の略奪品とともに、航海中の保存食として「ジャガイモ」を船に積み込みました。
 「ジャガイモ」がヨーロッパに持ち込まれた記録が残っているのは16世紀中頃ですが、なかなか普及しませんでした。
 理由は、当時の「ジャガイモ」は小粒の黒いイモで外見が悪いことや、催淫効果があると信じられていたことですが、新大陸にしか存在しなかったので、聖書に書かれておらず、食用を禁止するキリスト教の宗派があったという理由もあったそうです。
 しかし、寒冷地や痩せた土地でも栽培できるという特徴があり、現在では世界の主要な食物となりました。

 アンデスでは特殊な保存法と調理法で「ジャガイモ」を利用しています。
 屋外の地面に「ジャガイモ」を何日も並べておくと、夜は温度が零下になるので凍りますが、最後には柔らかくなります。
 この状態になったら足で軽く踏むと、内部の水分が出るので、それを再度乾燥させると、長期間保存できる「チューニョ」という保存食になるという訳です。
 日本の寒天や凍み豆腐と同じ原理ですが、戻して食べてみるとなかなか美味しく、何千年という伝統を感じました。
 来週は標高4000m近くという世界でもっとも高い場所にあるチチカカ湖に行き、興味ある生活をしている民族を訪問しますので、帰国したらご報告させていただきます。





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