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論文

 40年近く前のことですが、1972年の交通安全標語は「せまい日本、そんなに急いでどこに行く」でした。
 その年には、あまり話題になりませんでしたが、翌年、石油ショックが襲来し、それまで国民が一生懸命目指してきた高度経済成長という目標が挫折したために、この標語が社会の共感を呼びました。
 その後、80年代からバブル経済に突入し、このような雰囲気は忘れられていきますが、90年代に入ってバブル経済が破綻しはじめ、それへの批判も込めて登場したのが、スローライフ、スローアーキテクチャー、スローシティ、スロー社会など、スローが付く言葉でした。
 その元祖となったのが「スローフード」運動です。1986年に始まったのですが、1989年にスローフード国際協会が設立され、今年が20周年になり、世界各地で様々な行事が行われています。
 スローフードという言葉から、すぐ連想できるのですが、これはファーストフードへの問題意識から始まった運動です。

 1980年代中頃に、ローマのスペイン広場にアメリカの有名なハンバーガーチェーン「マクドナルド」が店を出すという計画が発表され、反対運動も起こったのですが、結局、実現してしまいました。
 そこで、当時、『ゴーラ』という食文化雑誌の編集者であったカルロ・ペトリーニがファーストフードで画一化する世界に対抗して、伝統的な食材や食文化を維持しようと、故郷のイタリア北部の人口3万人にも満たない田舎町ブラで始めたのがスローフード運動です。
 本人によれば、ほとんど冗談で始めたということですが、現在では世界153カ国で約15万人の会員が参加する巨大な組織になり、このスロー精神は食事だけではなく、文化、経済、政治にまで影響するようになっています。
 その設立の精神と発展してきた経緯はペトリーニの最近の著書『スローフードの奇跡 おいしい、きれい、ただしい』に書かれていますが、この「おいしい、きれい、ただしい」がスローフードの目標を端的に示しています。

 ペトリーニは子供のころに食べたチーズに比べると、工場で大量生産されたチーズは美味しくないので、農家と交渉して、全量を責任もって買い上げるから昔ながらの製法でチーズを作ってもらうという活動をしていますが、「おいしい」ものを社会に提供することが第一の目標です。
 「ただしい」は、食糧を生産する農林漁業関係者が豊かな生活を出来るような代金が支払われるようにするということです。
 以前、この番組で紹介した「フェアトレード」に共通する考え方で、消費者の都合ではなく、生産者の都合で値段を決めるということです。
 もうひとつの「きれい」は食糧の生産や消費が環境に配慮したものであるべきだということです。
 これについて数字を挙げて説明したいと思います。
 スローフードと地産地消は同じ概念ではありませんが、画一化された食品を一カ所で大規模に生産して広範な地域に流通させることに反対しているという意味では、重なる部分もたくさんあります。
 30年以上にわたって有機栽培の野菜を流通させてきた「大地を守る会」という団体が、外国で生産された食糧と、国産の食糧を比較して、二酸化炭素の排出量がどの程度違うかを計算しています。

 その数字をいくつか紹介しますと、アメリカのモンタナ州から輸入した小麦で作った食パンと北海道産の小麦で作ったものを比較すると、前者は4・1倍も二酸化炭素を出します。言うまでもありませんが、1万km近く輸送するためにエネルギーを使うからです。
 アメリカのノースカロライナ州で生産される豚肉と鹿児島産では5・7倍、西アフリカのモーリタニア沖で獲れたタコと北海道産では4・8倍、ニュージーランド産のカボチャと佐賀県産では9・2倍、アメリカのノースダコタ州で生産された大豆で作った豆腐と佐賀県産では・5倍というように、地産地消が「きれい」、すなわち、環境に貢献するということがお分かりいただけると思います。
 そして日本の食糧自給率は、食パンで18%、豚肉は6%、タコは52%、カボチャは66%、豆腐用の大豆は24%ですから、二酸化炭素の排出量の合計も大量になります。

 実は木材についても、ウッドマイルズ研究会という団体が同じような計算をしています。
 それによると、自分の生活している地域の木材で住宅を建設した場合に出す二酸化炭素を1とすると、他県の木材を使う場合は3倍、アメリカやシベリアの木材を使うと7倍、ニュージーランド産の木材では10倍、北欧産の木材では14倍にもなります。
 シベリアのアカマツやトドマツの場合は、トラックで200km、鉄道で4200km、船で1700kmを運びますし、アメリカのベイマツやベイヒはトラックで100km、船で7710kmも運びます。
 北欧産ではスエズ運河を通って2万2570kmも運ぶ必要があり、その過程で輸送手段が大量の二酸化炭素を出すということになる訳です。

 スローフードや地産地消は地域の一次産業を育成することや、安全で新鮮な食糧が入手できること、食糧安全保障に備えることなどが利点として挙げられますが、さらに重要な利点として、環境への負荷を減らすということでも注目すべきだと思います。





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