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論文

 2年ほど前から、テレビジョン番組を制作するために世界各地の先住民族を訪ねていますが、なかなか大変なのは、気温が40度で湿度が8%の砂漠や、零下20度の雪原という厳しい環境もさることながら、現地の人々が食べている食べ物を食べなければならないという試練です。
 アメリカ・インディアンのナバホ族を訪ねた時は、目の前で解体したヒツジの長い小腸をぐるぐると巻いて焼いたものを美味しそうに食べましたし、オーストラリアのアボリジニと砂漠に出かけたときは、生きているアリの胴体に溜め込まれているミツを吸い、焚火の中で丸ごと焼いたカンガルーの尻尾を食べました。
 先月、カナダの北極圏で生活しているイヌイットを訪ねた時は、シロクマの肉はともかく、撃ったばかりのアザラシをその場で解体し、その目玉の中の液体を子供がチューチューと美味しそうに吸って、私にも勧めてくれましたが、流石にこれは遠慮させていただきました。
 ドイツ文学者の竹山道雄さんがドイツに留学したときに滞在していた家庭で食事をしていたとき、焼き鳥の話をしたら、その家庭の主婦が「あの可愛い小鳥を食べるなんて日本人は野蛮ね」と非難したそうですが、その主婦が食べていた料理はヒツジの脳みそだったという随筆があります。
 様々な食材は、その食習慣に慣れていない人からはからは「奇食」とか「ゲテモノ」と呼ばれますが、日常的に食べている人にしてみれば「美味」というわけです。

 当然、日本にも外国の習慣からすれば気味の悪い「ゲテモノ料理」はたくさんあります。
 その代表は「白魚(しろうお)の踊り食い」だと思います。シロウオは浅い海に棲息している身体が透き通った小魚ですが、春先になると産卵のために河口に遡上してくるので、それを網ですくって平らな鉢に入れ、酢醤油につけて生きたまま食べるという料理です。
 これ以外にも小型のエビや「ホタルイカ」も同様にして食べる習慣もあります。
 僕も何度か食べましたが、美味しいというよりは度胸試しのような感じでした。
 それでも日本人にとってはやや変わった食べ方という程度ですが、外国人からすると卒倒するような残酷な食べ方で、タイやイセエビの活き造りなどとともに動物愛護団体から非難されたりもしています。
 そのような変わった食べ物の中でも、世界的に有名な日本の「奇食」は有毒の「フグ」を食べることです。
 今日10月29日は「トラフグの日」とされていますので、この日本が誇る奇食についご紹介したいと思います。

 フグの卵巣や肝臓にはテトロドトキシンという毒が含まれていますが、これは口から体内に入った場合、致死量は2〜3mgで、青酸カリの850倍の猛毒ですし、300℃以上に加熱しても分解されないという危険な毒です。
 しかし、フグは浅瀬に群がって産卵するので捕獲がしやすく、中国で3世紀に書かれた『魏志倭人伝』には、日本人が浅瀬でフグを一生懸命に捕まえているという記述がありますし、縄文時代の貝塚からも多数のフグの骨が発掘されています。
 その毒についても、紀元前4世紀から3世紀の中国の秦の時代の地理書である『山海経(せんがいきょう)』に、フグを食べると命を落とすという記述があるそうですし、縄文時代の遺跡には一家全員がフグの毒で死亡したのではないかと推定される遺跡も発掘されています。

 時代は飛びますが、16世紀末の朝鮮出兵のとき、軍船が出港する佐賀県の唐津に集まった武士がフグを食べて命を落とす事件が相次ぎ、豊臣秀吉が「河豚食禁止の令」を出しています。
 しかし、江戸時代にもフグ料理は人気で事故が後を絶たないため、尾張藩ではフグを売ったものは5日間、買ったものは3日間の禁固刑に処し、長州藩では家禄没収、御家断絶という厳しい処罰が決められていました。
 明治時代にも罰則などがありましたが、戦後1983年になって厚生省が185種類のフグのうち22種類のフグの一部のみを食用に認める通達を出し、その分離作業は都道府県単位の調理師資格を持つ人しか調理をできないことになっていますが、現状では19の都道府県にしか制度がありません。

 このような危険を承知で食べて亡くなる人も後を絶たず、1996年から2005年までの10年間で315件のフグ中毒事件が発生し、31名が亡くなっておられますから、毎年平均3名が亡くなっておられる計算になります。
 その多くは自分で釣ったフグを自分で調理した場合のようですし、前にご説明したように、フグの毒のテトロドトキシンは高熱でも無毒にならないので、鍋物にしても危険ですので、自分では調理されないようにしていただきたいと思います。
 それ以外にも、毒のある食材としては、動物ではウツボ、バイガイ、イシナギ、植物ではドクキノコ、ドクゼリ、アオウメなどがありますが、一部は調理を工夫して食用になっています。

 なぜ「ゲテモノ」と呼ばれるような食材を食べるかということですが、第一は厳しい環境のなかで、食糧が十分得られないために、あらゆる部分を食べるということだと思います。
 アメリカ・インディアンやモンゴルの人々が家畜の内蔵もすべて食用にしているのは、そのような理由です。
 日本でも、食糧の不足する山間部ではイナゴや蜂の子などを食べていた時代もありましたから、先住民族だけの事例ではありません。
 第二は怖いもの見たさです。フグは美味しいのはもちろんですが、通は少し舌先が麻痺する程度に肝臓などを混ぜて食べるという場合もあります。
 それは一種の文化かも知れませんが、1975年に京都で好物のトラフグの肝を食べて亡くなられた人間国宝の坂東三津五郎さんの例もありますので、ほどほどにということだと思います。





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