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論文

 9月14日、フランスのサルコジ大統領がパリのソルボンヌ大学で講演し、「現在のGDP(国内総生産)は経済発展の水準を示すことが出来ない、まやかしの指標でしかなく、新たな指標が必要だ」と主張し話題になりました。
 この背景には、2001年にノーベル経済学賞を受賞しているアメリカのコロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授、同じく1998年にノーベル経済学賞を受賞しているアメリカのハーバード大学教授のアマティア・セン教授など25人の学者が、昨年2月からサルコジ大統領の依頼で研究してきた「新経済発展指標開発プロジェクト」の成果が存在しています。
 その研究結果として、長期休暇日数、平均寿命、医療サービス水準などを勘案した生活の質と、環境保護の水準などを勘案した持続可能な発展を含めた新しい指標を考えるべきだと言うことを報告しています。
 これには賛否両論があり、「過去25年でGDPは2倍に増えたが、環境保護水準は60%も低下しているから、新しい経済指標は必要」という意見がある一方、「総論は賛成だが、魔法のような指標を考え出すことは不可能」という意見も出ています。

 実際、金持ちで外から見れば幸福そうですが、内では仮面夫婦という家庭も多数存在していますし、貧乏でも家族和気あいあいで生活している家庭も多く、その通りだと思います。
 しかし、「こうした議論は過去に何度もあったが、幸福を計量化する指標は存在しない」という学者の意見が象徴するように、これまでも計算を試みた例があります。
 その代表が、1992年から経済企画庁が発表していた「新国民生活指標(Peoples Life Indicator)」、通称「豊かさ指標」です。
 これは生活を「住む」「費やす」「働く」「育てる」「癒す」「遊ぶ」「学ぶ」「交わる」という8つの分野に分け、それらを示す140近い指標で、都道府県単位の生活の豊かさを計算し、順位を示したものです。
 ところが発表してみると、下位になった都道府県の知事からは「わが県は都市公園が少ないということで評価が低いが、県の大半は森林で、狭苦しい都市公園など比較に出来ないほど豊かな公園がある」と非難されるし、上位になった都道府県も実感がないということで不評でした。

 実際に私自身が経験したのですが、ある県が「豊かさ指標」で1位になったと発表された翌日、たまたま、その県の知事にお目にかかったので、「おめでとうございます。1位になって良かったですね」と御祝いを申し上げたところ、苦笑いをされ、「あれには困っているのです。わが県は失業率が全国一高いので、実際、生活は豊かではないのですが、それが時間に余裕があると解釈されて1位になってしまい、迷惑しているのです」ということでした。
 このような経緯から、ついに1999年6月、当時の経済企画庁長官であった堺屋太一さんが、「人間でいえば身長と体重と視力を足して順番をつけるようなもの」という名言で、順位の発表は中止になった経緯があります。

 また、幸福というと必ず取り上げられるのが、ブータンのジグミ・シンゲ・ワンチュク前国王が1976年に発表されたGNH(Gross National Happiness)、国民総幸福量という考え方です。
 当時、20歳であった国王が、ブータンはGNPではなくGNHを目指すと発表されたのですが、その頃は注目されませんでしたし、世界各国が1973年のオイルショックから立ち直ろうと経済発展の努力をしていた時期ですから理解されませんでした。
 そして1989年に読売新聞が国王にインタビューし、GNHをどのようにして測るのかと質問したところ、「5年とか10年ごとに自分たちの暮らしを振り返ったときに、すこしずつ良くなっていると国民の多数が考えるかどうかである」という回答でした。つまり計算は難しいということです。

 ところが、サルコジ大統領が発表した新しい指標に近い考え方で、世界の国々について幸福度を計算した指標が発表されています。
 ロンドンにある「ニュー・エコノミック・ファウンデーション」というシンクタンクが、2006年には178カ国、今年は143カ国について「幸福惑星指標(Happy Planet Index)という数字を計算して発表しています。
 これは各国の国民の生活満足度と平均寿命を掛算し、その値を生活水準を維持するために環境にもたらしている負荷を示す「エコロジカル・フットプリント」という数字で割算したものです。
 生活が豊かで国民が満足していても、それが資源やエネルギーを大量に使い、環境に悪い影響を及ぼしているのであれば数字が小さくなるという考え方です。
 2009年の計算結果を見ますと、1位からコスタリカ、ドミニカ共和国、ジャマイカ、ガテマラ、ヴェトナムなど、どちらかと言えば小国が並び、これまでの経済指標であるGDPでは大国であるアメリカは114位、ロシアは108位、日本は75位、イギリスは74位、フランスは71位、ドイツは51位という結果になっています。

 これは国家単位の数字で、国民一人一人は人生いろいろですから、やはり幸福を正確に表しているわけではありませんが、少なくとも、これまでは先進国と見なされていた経済大国が下位になり、これまでは発展途上国と見なされてきた小国が上位になるという逆転を見ると、世界が環境や生活を重視する時代になって、新しい価値観が登場してきたことを実感させるものだと思います。





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