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論文

 今日はカナダからお話しさせていただいております。
 カナダへ行かれた方は多いと思いますが、おそらくほとんどはバンクーバー、トロント、モントリールなど、アメリカとの国境に近いカナダ南部の大都市ではないかと思います。
 しかし、現在、私が居るのはイカルイトというヌナブト準州の州都で、行かれた方はもちろん、ご存知の方もほとんどおられない都市だと思います。
 ここはバフィン島という、日本の面積の1・3倍もある、世界で4番目に大きい島にある最大の都市ですというと都会を想像されるかも知れませんが、人口4200人ほどの町です。
 もっとも近い大都市はモントリオールですが、そこから2100kmほど北にあり、あと300km北に行くと、北極圏に到達します。
 日本の近くではカムチャッカ半島の中央程度の位置です。したがって、まだ10月の初めですが、気温は日中の最高でも5℃で、現在、こちらでは夜の7時ですが、すでに零下になっています。

 なぜ、このような場所に来ているかというと、昨年から世界各地の先住民族を訪ねて、それらの人々の生活を紹介するテレビジョン番組を作っており、これまでもオーストラリアのアボリジニ、アメリカのナバホ、スカンジナビアのサーミなどを訪ねてきましたが、今回はカナダ北方のイヌイットといわれる人々のところへ来たという訳です。
 イヌイットは以前エスキモーと呼ばれていましたが、エスキモーというのは生肉を食べる人と言う意味で差別用語だということになり、イヌイットの言語イヌクティトゥット語で人間を意味するイヌイットという言葉が民族の名前として使われるようになっています。
 現在から1万年前の最後の氷河期には、海面は現在よりも140m近く下がっており、ユーラシア大陸と北アメリカ大陸はベーリング海峡あたりで陸続きになっていたと推定されています。
 その時期にアジア系の人々がアメリカ大陸に渡ってきて、この地域で狩猟によって生活し、定着するようになったのがイヌイットのようです。

 先週は、このイカルイトより1200kmほど北の北極圏にあるポンドインレットという人口2000人程の集落に滞在し、イヌイットの人たちの狩猟に付き合ってきました。
 集落から高速のモーターボートで3時間ほどかけて小さな島に行き、海岸でライフル銃を構えて、アザラシが息継ぎで海上に一瞬だけ顔を出したときに撃つのですが、旧式のライフル銃で見事に仕留め、ゴルゴ13並みの腕前でした。 
 アザラシを海岸まで引き上げると、エスキモー(生肉を食べる人)と呼ばれていたように、その場で解体しながら生のまま食べるのですが、もっとも美味しいのが目玉、次が脳味噌、さらに次が内蔵で、肉はイヌの餌でした。
 驚いたことは、内臓に詰まっている未消化の内容物もそのまま生で食べるのですが、理由はアザラシが海藻を食べているので、それを食べてビタミンを補うためということでした。

 しかし、感心したのは分かち合う習慣が社会に根付いており、一緒に狩りにいった仲間と獲物を分け合うのはもちろん、集落に帰ってきたら、そこで生活している人たちに肉を分配する習慣になっていることです。
 狩猟というのはいつも決まった量の獲物がある訳ではないので、獲れた獲物を分け合うという習慣が定着したのだと思いますが、日本をはじめ先進諸国では富を奪いあうというのが普通で、そのために様々な争いや殺人まで起きるという状況を思い出すと感慨深いものがありました。

 ポンドインレットは北極圏にある集落ですが、時代の影響を感じました。
 一軒の家を借りて住んでいましたが、窓際に無線装置を置くと、集落の中心にあるアンテナと電波が繋がり、インターネットが自由に利用できますし、1軒だけ大きなスーパーマーケットがありますが、そこでは世界各地の果物も売っていますし、インスタントラーメンも売っているという状態でした。
 すべて飛行機で運んでくるので高価ですが、日本の地方都市のスーパーマーケットに匹敵する生活が可能になっています。

 そこから現在滞在しているイカルイトに来ているのは、ここがヌナブト準州という州に準ずる行政体の州都になっているからです。
 世界各地で先住民族と、後から移住してきた人間との間では紛争があり、極端な場合は戦争も勃発していますが、現在のカナダ政府と先住民族のイヌイットの関係は、もっとも上手く解決された例と言われています。
 カナダでは1970年代から20年間という時間をかけて両者の関係をどのようにするかを協議し、1993年に「ヌナブト協定」という協定が成立し、それを根拠に1999年にヌナブト準州という自治体が誕生しました。
 それによって日本の面積の5・4倍にもなるにもなる204万平方kmの土地がイヌイットの所有となり、しかも地下には鉱物資源が大量に存在しており、行政が機能すればイヌイットは豊かな社会を築くことができると思います。

 ただし、世界規模の経済の潮流がイヌイットの狩猟経済を翻弄し、キリスト教の布教によってシャーマニズムを基本とする伝統的な宗教も廃れ、さらに地球温暖化など地球規模の環境変化によって結氷が遅れ、生活に影響が及ぶなど、維持してきた独自の経済、文化が崩壊する危機もあります。
 これは明治時代以後の日本の変貌とも共通するもので、このような状態を見ると、日本は今後、どのような社会を築いていくべきかを考えるヒントがあると思いました。





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