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論文

 今から101年前の1908年4月28日に神戸港を出航した貨客船の笠戸丸が2ヶ月弱の航海の後、6月18日の午前9時30分にブラジルのサントス港に到着しました。
 この船にはサンパウロ州政府から補助金を受けた契約移民781名165家族と、補助金なしで渡航した自由移民10名が乗船していました。
 この背景には、1888年にブラジルが奴隷制を廃止したため、コーヒー農園の労働者が不足しはじめたという事情があります。
 当初はドイツやイタリアからの移民で補っていましたが、労働条件が劣悪であったために政府が移民を送ることを停止したため、ブラジルのコーヒー農園が困っていました。
 一方、日本人の移民を斡旋していた「皇国殖民会社」は、黄禍主義の影響で日本人の移民がアメリカ合衆国の受け入れられなくなったために、その送り先を探しており、両者の思惑が重なって、ブラジルに移民を送ることになったのです。
 そのような背景からブラジルへの移民が本格的に始まったのですが、1914年までに約1万5000人、1934年までに約10万人がブラジルに移住しています。

 それを記念して、総理府が6月18日を「海外移住の日」に制定しました。しかし、これ以前から日本人の海外移民は始まっており、すでに明治元年1868年に153名の日本人がハワイ王国に移民しています。
 ただし、この時の待遇がきわめて劣悪であり、国際問題にまで発展しました。
 本格的には1885年にハワイに944人が移住し、その後、1894年までに26回の移民が行われ、合計2万9000人ほどがハワイに移住しています。
 アメリカ合衆国にも、すでに明治維新の翌年になる1869年5月20日に旧会津藩の40名がサンフランシスコに到着し、現地で農業を始めています。
 それにも関わらず、6月18日が海外移住の日となったのは、1908年が本格的な移民を開始した年だと考えられているからです。

 しかし、現在では、日本が経済的に豊かになったため、海外へ移住する日本人は減少し、逆に海外から日本への移住希望者が増加しています。
 移民とはやや違いますが、2007年末で日本国内に登録して在住する外国人は215万人で、中国人が61万人、韓国人と朝鮮人が59万人、ブラジル人が32万人、フィリピン人が20万人となっています。
 一方、2007年に海外に在留している日本人は109万人で、アメリカに37万人、中国に13万人が中心となっており、時代は完全に逆転しました。

 このような背景の中で、最近、話題になっているのがロングステイです。
 ロングステイというのはロングステイ財団という組織が「海外滞在型余暇」と呼んでいるように、以下のような定義になります。
  1)外国へ移住するのではなく、帰国を前提とした長期滞在
  2)ホテルなどに宿泊するのではなく、海外に居住施設を保有か賃貸する
  3)現地の人々との交流を含めた余暇を目的とする
  4)海外旅行ではなく、海外生活を目指す
  5)生活の資金は現地で稼ぐのではなく、年金、配当など日本での収入による
    ということです。
 この発端は1986年に通商産業省が発表した「シルバーコロンビア計画」です。
 当時、日本はバブル経済の最盛期にあり、物価も住宅価格も高騰し、定年退職後に年金で余裕を持って暮らすことは困難と考えられ、そうであれば円高を利用して、物価の安いスペイン、オーストラリア、ニュージーランドなどで生活したら良いのではないかという発想でした。
 しかし、言葉も通じない、食材も違う、医療なども心配という不安があるため、日本人が長期滞在できる日本人村を作るという構想で、役人の様々な思惑を込めた発想と、海外で建設ビジネスの機会が生まれるという建設会社や海外旅行の斡旋の機会が増えるという旅行会社の思惑が重なって生まれた珍案です。

 しかし、外国に地域と交流しない日本人村を作り、老人を輸出するのかという非難や、国内の問題を国内で解決できない日本がカネの力で強引に海外で問題を解決するのかという非難が外国から起こりました。
 また国内からも、まず老後を安心して生活できる環境を国内に作るべきである、老後の生活まで政府が口を出す必要は無い、海外に滞在できる余裕のある金持ち老人のために税金を使う必要があるのかという批判が続出し、構想倒れになりました。
 しかも、その後、年金問題が発生し、そもそも原資となる年金も当てにならないとか、円安になり外国で生活するどころではないという問題も発生し、実現はますます困難になりました。

 しかし、役人は粘り強いというか、しぶといというか、1989年に計画をロングステイと名前を変えて1992年にロングステイ財団を作り、必要なさそうな報告書や機関誌を発行し、フェアやフォーラムも開催している状態です。
 さらにロングステイアドバイザー資格認定制度を作り、そのための研修講座まで開催しています。
 シルバーコロンビア計画に対する批判にもあったように、自分の老後の人生を国に関与してもらう必要は無いし、ましてや講習を受けた程度のアドバイザーに指導してもらう必要も無いと国民は考えるべきだと思います。
 これは官僚の貧困な発想もしくは思惑のある発想が問題だけではなく、国民が自分のことを自分で考えて決めるという意識が少なく、何となく国の制度や構想に頼りがちという問題でもあり、この関係を変えない限り、大きな政府はますます大きくなっていってしまうと思います。





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