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論文

 現在、ニューヨーク州のファーミントンという場所に滞在して、テレビジョン番組の撮影をしております。
 ニューヨークという地名を聞かれると、ほとんどの方はマンハッタンのある高層建築の立ち並んだニューヨーク市を思い浮かべられると思いますが、ニューヨーク市はニューヨーク州のもっとも南にあり、そこから400km以上も北にあるカナダとの国境までがニューヨーク州です。
 面積は陸地と湖水を合わせて14万平方キロメートルですから、北海道と東北地方を合わせたほどの規模です。
 僕が泊まっているファーミントンも、カナダとの国境にある五大湖の一つオンタリオ湖のすぐそばにあり、緯度では日本の函館程度で、付近の大都市というとロチェスターという場所です。

 なぜここに来ているかというと、この一帯には、あまり知られていませんが「イロコイ連邦」という国家があるからです。
 聞いたことのない方が多いと思いますが、北米大陸にはネイティブ・アメリカンとかアメリカ・インディアンといわれる数百の先住民族が生活しており、そのなかにオンタリオ湖の湖岸に沿って、東からモホーク族、オナイダ族、オノンダーガ族、カユーガ族、セネカ族という部族があり、まとめてイロコイ5族と呼ばれています。
 この5族に後からタスカローラ族が加わって、イロコイ連邦を形成し、すでに1794年にアメリカ合衆国と平和友好協定を結び、アメリカ合衆国の国務省が発行するパスポートを認めず、独自のパスポートを発行しています。
 とりわけオノンダーガ族は海外に行くときもアメリカ連邦政府のパスポートではなく、自国のパスポートを使用しています。
 日本政府は国家として承認していませんが、世界には、このパスポートを認めている国もあります。

 オノンダーガ族は自治意識が強く、1973年に、アメリカ・インディアンの一部が、1890年に先住民族の虐殺事件があったウンデッドニーで、人質をとって教会に立てこもる事件がありましたが、その蜂起の指導者がオノンダーガ国に亡命したところ、FBIも国内に入ることができず、その指導者に手が出せなかったというほど、独立国に近い状態です。
 この国が誕生したのは1000年ほど前で、当時のイロコイ5族は絶えずお互いに争っている状態でした。
 そのような時期に、現在ではカナダ領であるオンタリオ湖北岸のヒューロン族に生まれた一人のピースメーカーと呼ばれる青年が、オンタリオ湖をカヌーで渡ってきて、争っている人々に平和の重要さを説いて回ったそうです。
 戦国時代のような状態のなかで、だれも話を聞いてくれなかったのですが、一人の宿屋の女主人が同調して協力者となり、次第に輪が広がり、ついに5部族の平和同盟が成立します。
 その同盟発足の日に、その青年が5本の矢を示し、1本であれば簡単に折れるが5本を束ねると折れないという、毛利元就の3本の矢のような話をし、ホワイトパインの根元に武器をすべて埋めて、二度と武力で争わないという誓約をします。
 丁度そのとき、一羽の白頭鷲がホワイントパインの梢に止まります。

 これがアメリカ合衆国とイロコイ連邦との関係を示す重要な出来事です。
 アメリカ合衆国の国璽(こくじ)という紋章があります。アメリカ合衆国の発行するパスポートに刻印されていたり、政府文書に印刷されている紋章です。
 これは1782年にデザインされたものですが、白頭鷲は両足を広げ、右足には13枚の葉のついたリーブの枝を持ち、左足には13本の矢を握っているものです。
 13という数字は建国のときの13州を示すものですが、アメリカの国鳥である白頭鷲といい、本数は違いますが束ねた矢といい、イロコイ連邦の成立のときの出来事を連想させるものです。

 そして星川淳さんが書かれた『魂の民主主義』(築地書館 2005)に色々と紹介されていますが、イロコイ連邦の制度はアメリカ合衆国の制度に大きな影響を与えているそうです。
 例えば、アメリカが独立する以前の1744年と46年には、イロコイの族長カナッサテゴが13の植民地の代表に、ピースメーカーの到来の話や、5本の矢の話をして、イロコイ5族の連邦制を参考にして団結することを勧める演説をしているそうです。
 その演説の内容が印刷された文章を読んだベンジャミン・フランクリンは感銘し、1754年にはアメリカ合衆国憲法の雛形といわれる「オルバニー連合案」を起草しますが、言論や信教の自由、選挙制度などの内容はイロコイ連邦の仕組みを参考にしていると言われています。

 その証拠となる品物がイロコイ連邦の議会の建物に相当するロングハウスに保管されています。
 これは「ワシントンベルト」と呼ばれる長さ2メートルほどの布で、当時、在任であったアメリカの初代大統領ジョージ・ワシントンの名前にちなんだものですが、このワシントンベルトが作られたときに、アメリカ合衆国とイロコイ連邦が条約を結び、アメリカ合衆国とイロコイ連邦は対等の関係にあり、領土を侵略しないなどの取り決めがおこなわれました。
 このようなことについては、1987年にアメリカ合衆国の両院はイロコイ連邦に感謝する決議によって態度を示しています。

 世界の超大国アメリカの制度の基本が先住民族の制度を大幅に参考にしたと聞くと、奇異に思われるかもしれませんが、それは進歩史観にとらわれすぎだと思います。
 進歩史観は時間とともに社会は進歩していくという考え方ですが、今回、ご紹介した例でも、また、最近、環境問題の視点から江戸時代が立派なリサイクル社会を維持していたという例を思い出してみても、進歩史観が正しいとは言えない例はいくらでもあります。
 この一週間、イロコイ連邦の人々に出会って話を聞くと、改めて「温故知新」の精神が重要だと思いました。





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