TOPページへ論文ページへ
論文

 スイスとフランスの両国にまたがって建設された大型ハドロン衝突型加速器(LHC)が稼働開始から、わずか10日しかたっていない9月20日に事故で運転を停止したというニュースがありました。
 この大型加速器について、視聴者の下関市の高校生(本山大智)の方から質問をいただきましたので、今日はそれについてのご説明をしたいと思います。
 この大型ハドロン衝突型加速器は欧州合同原子核研究所(CERN)という組織が建設した装置ですが、地下100mほどの深い場所に掘られた1周すると27kmもある円形のトンネル内に設置されています。山手線の一周が34kmですから、規模が分かると思います。
 建設費用は90億ドル(約9700億円)、年月は12年もかかっており、欧州だけではなく日本が170億円近く拠出したり、アメリカも巨額の資金協力をして実現したものです。

 今回の事故の様子ですが、この装置には1700個以上の超伝導磁石が使われており、そのためには磁石を絶対零度(マイナス273・15℃)に近い温度に冷却する必要があり、その冷却にヘリウムガスが使われています。
 今回は、この冷却装置の電気系統に故障が発生し、冷却用のガスパイプが損傷したために、そのパイプの内部にあったヘリウムガスがトンネル内部に大量に流出したという事故です。
 流出した箇所はトンネルの8分の1程度の区間のようですが、なにしろマイナス270℃近くになっていますから、まず人間が近づけるほどの暖かい状態になるのを待ち、修理して再びマイナス270℃近くまで冷却しなければならないので、最低でも2ヶ月はかかり、稼動再開は来年の春になるのではないかと言われています。

 高校生からのご質問は、何のためにこのような巨大な装置を作り、どのような目的の実験をするのかということです。
 そこでまず加速器という装置が考えだされた歴史をたどってみたいと思います。
 人間にはモノがどのような構造で出来ているかを知りたいという欲求があり、すでに紀元前5世紀の古代ギリシャの哲学者デモクリトスは「万物は新たに生まれず、消えることもなく、分割も出来ないアトム」によって構成されていると言っていますし、紀元前4世紀の哲学者アリストテレスは「万物は火、土、水、風の4つの要素により成り立っている」と言っています。
 そして19世紀になって人間は「元素」という概念に到達し、これが物質を構成する最小の単位だと考えるようになったのですが、1896年にフランスの物理学者アンリ・ベクレルがウランから放射線が放出されていることを発見し、さらに翌年、イギリスの物理学者J・J・トムソンが電子を発見し、元素が物質の不変不滅の最小単位ではないということになってしまいました。
 ここから、物質をどんどん細かくして物質の究極の単位にたどり着こうという核物理学という学問が出発しました。
 そのためには微小な物質同士を高速で衝突させて、物質の中から、より小さい物質をたたき出すという方法が考えられ、加速器という装置が開発されたのです。
 今回、事故を起こしたLHCは「Large Hadron Collider」の頭文字を取った名前で、Hadronは物質の小さな単位である素粒子、Colliderというのは衝突させる装置という意味ですが、そこに由来するのです。

 物質を高速にするには電磁場の中に粒子を入れて加速するのですが、そのエネルギーが大量であるほど速度も速くなりますから、世界各国が大容量の装置を作る競争を繰り広げてきました。
 例えば、1952年に完成したアメリカのブルックへブン国立研究所のコスモトロンは30億電子ボルト、1950年代のアメリカのカリフォルニア大学のベバトロンは60億電子ボルト、1975年にはアメリカのフェルミ国立加速器研究所の陽子シンクロトンが5000億電子ボルトという具合でした。
 これはどの程度のエネルギーかというと、テレビジョンのブラウン管のディスプレイ装置も一種の加速器で、電子を加速してブラウン管の内側の発光面に当てて発光させていますが、これが2万電子ボルト程度ですから、5000億電子ボルトはその2500万倍といえば、威力が分かると思います。

 参考までに、日本では1937年に理化学研究所で仁科芳雄博士が中心となって陽子サイクロトロンを建設しましたが、戦後、アメリカによって破壊され、研究も中断されました。
 しかし、1961年に東京大学原子核研究所が7億電子ボルトの電子シンクロトロンを建設して再出発し、現在は1999年につくば研究学園都市にある高エネルギー加速器研究機構に完成した、80億電子ボルトで加速した電子と35億電子ボルトで加速した陽電子を衝突させる装置が使われています。
 今回、事故を起こした装置はそれぞれ7兆電子ボルトで陽子を光の速度の99・99%ほどの速度に加速し、お互いに衝突させる装置ですから、その巨大さが分かると思います。

 この装置を使う実験の目的はいくつもありますが、素粒子に質量をもたらすとされる、まだ未発見のビッグス粒子を発見すること、宇宙空間を占めている暗黒物質(ダークマター)の候補である「ニュートラリーノ」を発見することがあげられています。

 さらに一般の人々が関心を持っているのは、光の速度に近い状態まで加速した陽子どうしを衝突させて、137億年前に宇宙を創造したと仮定されるビッグバン直後の超高温・超高圧の状態を装置の内部で再現することが話題になっています。
 そのような発見や実験が何の役に立つのかと思われるかも知れませんが、分からないことを究めて行くという行動が人間を発展させてきた原動力であり、そのために世界が巨額の資金を投入していると考えたらいいと思います。
 LHCの設計や建設、そして完成後の実験には日本の学者が何人も参加しています。
 今回、手紙をくれた高校生のような若者が、このような先端分野に興味を持ってくれれば、日本の科学も大丈夫だと思います。





designed by BIT RANCH / DEGITAL HOLLYWOOD
produced by Y's STAFF
Copyright(c) Tsukio Yoshio All Rights Reserved.