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論文

 日本で生活していると気にならないのですが、外国へ行くたびに後悔するのは、なぜもう少し外国語を勉強しておかなかったのかということです。
 もっとも成田空港に到着した途端に、その後悔は忘れてしまうのですが、外国旅行している間は絶えず、その想いにとらわれます。
 しかし、今日、ご紹介するのは、その不勉強を棚に上げて、機械が自動的に翻訳してくれないかなあという願望です。

 アメリカのマサチュセッツ工科大学が発行している『テクノロジーレビュー』という雑誌の2004年2月号に「世界を変える10の最新技術」という特集記事がありますが、その最初に挙げられているのが「ユニバーサル・トランスレーション」すなわち「万能翻訳技術」です。
 この技術開発の究極の目的は、一つの言語から世界の主要な言語に自由に翻訳できることですから、いかに人間が言葉の壁に悩まされているかを証明しています。
 そのような人類の願望を反映して、最近、この自動翻訳技術が相当に進歩してきましたので、今日はその最近の状況をご紹介したいと思います。

 人間の通訳を思い出していただけば分かりますが、翻訳するためには3段階の作業が必要です。
 まず相手の話している言葉を聞き分ける段階、次に、その言葉を別の言葉に翻訳する段階、そして翻訳した言葉を音声で表現する段階です。
 これは専門的な言葉では「音声認識」「自動翻訳」「音声合成」と呼ばれますが、この順番で技術は難しいのです。
 例えば、最近、数万円で販売されている電子辞書では、画面に表示された英語の文章をタッチペンで触ると、まったく流暢な英語で発音してくれます。
 あまりにも本格的で流暢な発音なので、逆に聞き取れないという問題はありますが、3段階の技術ではもっとも簡単なので、数万円の装置で十分に実用になる技術まで開発が進んでいるというわけです。

 また、グーグルで英語のサイトを検索すると、「このページを訳す」という項目があり、そこをクリックすると、日本語で表示されます。
 例えば、最初にご紹介した「世界を変える10の最新技術」は、英語では「10 Emerging Technologies That Will Change Your World」という文章ですが、グーグルの翻訳では「10新興技術を世界に変更して」という日本語に翻訳されてきます。
 まだベータ版という実験段階なので、文章としてはおかしな翻訳ですが、少なくとも単語を一語一語調べる手間は省ける程度には翻訳してくれます。
 つまり、コンピュータが理解できるデジタル言語になっていれば、2番目の自動翻訳も相当に実用になってきたということを示しています。
 問題はもっとも難しい「音声認識」です。最近、テレビジョンの番組を見ていると、話している言葉を画面の下にテロップで出している場合が増えています。
 これは耳の不自由な方のために、なるべく文字でも同時に表現することが推奨されているということもありますが、日本語でも訛りのある言葉や早口の言葉は、日本人でも分からない場合があるということを示しています。
 したがって、当然、機械装置も苦労するというわけです。

 この自動翻訳の技術開発の歴史は古く、普通には世界最初のコンピュータとされているENIACという装置が開発されたのは1946年ですが、その年に学者がコンピュータを使った自動翻訳の研究が大事だと提唱している学者がいたほどです。
 また、世界最初の商用コンピュータ、すなわち既製品として販売されたコンピュータはIBM701という機械で、1953年のことですが、この機械を使って限られた単語を使ったロシア語の文章を英語に翻訳する技術が開発され、世間ではすぐにでも実用になると思ったのですが、意外に難しく、改めて1980年代から世界各国で本格的に研究されるようになりました。
 日本では関西文化学術研究都市に国際電気通信基礎技術研究所、通称ATRと呼ばれる研究組織があり、そこにある音声言語コミュニケーション研究所が拠点となって研究をしています。
 そこでは日本語と英語、中国語、韓国語の間の翻訳を中心として研究していますが、研究所の中村哲所長の書かれた論文によると、日本語の文章を聞いて英語に翻訳する能力ではTOEICで600点の水準に到達しているそうですし、旅行で必要な単語の数が7以下の簡単な英会話では900点に到達しているそうです。

 今年7月に行われたTOEICの試験結果を見ると、最高990点、最低10点、平均584点ですから、ATRの技術は平均点を上回っていることになります。
 例えば日本の航空会社のスチュワーデスの試験の応募条件はTOEIC600点以上、地上職員は550点以上ですから、すでにその水準に到達しているということです。
 また、システム手帳くらいの装置にして、京都市内で外国人を相手に実験したところ、日本語から英語への通訳では73%、英語から日本語への通訳では80%、日本語から中国語で67%、中国語から日本語では87%がほぼ完全に理解できたという結果がでているそうです。
 もうしばらくすれば、ポケットに入るような装置を持ち歩けば、何語でも大丈夫という時代も来るかもしれません。
 『旧約聖書』の「創世記」に出てくるバベルの塔の物語では、世界中で同じ言葉を使っていた人間が知識を持ちすぎて傲慢になったので、怒った神が言葉をバラバラにしてしまったということになっています。
 今日ご紹介したような技術が普及すると、人間は再び傲慢になってしまうかも知れせんので、心して使うべき技術だと思います。





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