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論文

 僕の子供の頃、田舎に住んでいたわけではないのですが、夏の夜になるとカエルの鳴声が遠くから聞こえてくるという時代でした。
 ところが最近、都会でカエルの鳴声を聞くことはまったくと言っていいほどなくなりました。
 これは田んぼが埋め立てられて、カエルの棲む場所が減ってきたというだけではなく、世界全体でカエルが激減しているという重大な事態の影響なのです。

 そこで今年は「2008カエル年(イアー・オブ・ザ・フロッグ)」と名付けられ、この問題に世界規模で取り組もうということになっています。
 毎年、国際連合が「国際○○年」を設定しており、今年は「国際惑星地球年」や「国際ジャガイモ年」となっていますが、「カエル年」は国際連合の設定ではなく、国際自然保護連合(IUCN)という自然保護団体が呼びかけたものです。
 国際自然保護連合は1948年に創設された組織ですが、一般には「レッドリスト」といわれる絶滅のおそれのある生物の一覧を作成していることで知られています。

 この組織が2008年を「カエル年」とし、世界の動物園、水族館、植物園の連合である「世界動物園水族館協会(WAZA)」と協同で「AArk2008」という活動をはじめています。
 「A」はカエルを含む両生類の英語名「アンフィビアン」の頭文字で、「Ark」はノアの箱船のことです。
 ノアの箱船が生物を絶滅から救ったように、世界の動植物園や水族館が協力して、絶滅しようとしているカエルなど両生類を保護しようという活動です。
 具体的には、一般の人々にカエルの保護を訴えるということもありますが、最大の目的は、世界で約6000種が知られているカエルのうち、絶滅しそうな種類は2000種から3000種と言われており、とりわけ危険な状態にある約500種を世界の動物園や水族館で人工飼育して保存しようという事業です。

 このような活動のきっかけになったカエルがあります。
 キャサリン・フィリップという科学ジャーナリストの書いた『カエルが消える』(大月書店 1998)という本に詳しく書かれているのですが、中米のコスタリカの標高1500mにある熱帯雨林のわずか30平方キロメートルという非常に狭い範囲だけに生息している体長5cmほどの「オレンジヒキガエル」という名前のカエルがいました。
 1966年に学者が発見したのですが、誰かがオレンジ色の塗料の中に落としたのではないかと思うほど、全身がきれいなオレンジ色をしたカエルでした。
 1987年までは繁殖期に1500匹以上が観察されていたのですが、88年には11匹しか見当たらず、89年には1匹だけになり、翌年には消えてしまいました。
 その生息場所は自然保護区に指定され、手厚く保護されていたのに突然のように消滅してしまったのです。

 原因は完全には解明されていませんが、アメリカのシェラネバダ山脈の国立公園でも、1959年には足の踏み場もない程の「ヤマキアシガエル」が居たのですが、1980年代後半には懸命に探しても1匹も発見できない、中米のハイチではカエルの種の90%以上が消滅するなど、世界各地でカエルが急速に絶滅する事態が報告されています。
 最大の原因は生息地が人間の開発によって破壊されて繁殖する場所が減っていることであるのは確実ですが、それ以外に、ペットとして捕獲されるという人為的原因もあります。
 カエルは移動などに弱く、外国のカエルを1匹輸入すると、その10倍は輸送の途中に死んでいると言われるほどです。
 また、カエルの皮膚は鱗や羽毛に覆われていないので、大気汚染による酸性雨、オゾンホールの拡大による紫外線の増加、化学物質による環境ホルモン効果などの環境変化の影響を受けやすいからだとも推測されています。
 さらにカエルツボカビ症といわれる感染症の蔓延も脅威です。これは「アフリカツメガエル」が最初に感染したのですが、このカエルは世界に広く輸出されていたので、南北アメリカ、オーストラリアで両生類の激減の原因になってきました。

 日本では2006年に飼育されているカエルから検出され、その後も沖縄のペットショップで販売されているカエルからも検出されましたが、今のところ感染が急速に拡大する事態にはなっていません。
 しかし、これは致死率90%以上と言われますから、大変な事態になりかねません。
 カエルについては好きな人以上に嫌いな人の方が多いので、カエルが減ったほうが良いと思われる方も居られるかも知れませんが、これは重要な問題なのです。
 まず、カエルは環境変化のカナリアと言われています。炭鉱に降りていくときにはカナリアをカゴに入れて行くと、酸素の不足や有毒ガスなどに敏感に反応するので、カナリアがぐったりしたら人間も逃げ出せということでした。
 同様に、カエルは環境の変化に影響を受けやすいので、カエルに絶滅の兆候があるということは、他の生物にとっても危険な兆候だというわけです。
 もうひとつは2人の生態学者ポール・エーリックとアン・エーリックが1981年に出版した『絶滅のゆくえ』に書いて有名になった「リベット理論」です。
 様々な生物が地球から消えて行くということは「宇宙船地球号」という飛行機の各部を接合しているリベットが抜けていくようなもので、何本か抜けても飛び続けることはできるが、あるときに突然、空中分解してしまうという訳です。

 このような生物多様性を検討する「生物多様性条約締結国会議」の第10回目が2010年に名古屋市で開催されますし、この年は「国際生物多様性年」になることも決定されています。
 環境問題は温暖化がもっぱら話題になっていますが、同様に多様な生物が共存できる環境を維持することも重要です。そのような視点からも環境に関心を持っていただければと思います。





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