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論文

 そろそろ春休みの季節が近付いてきましたが、それに合わせて全国各地の美術館で特別展示が行われています。
 いくつかご紹介しますと、東京の上野にある国立西洋美術館では5月18日まで「ウルビーノのヴィーナス」展が開催されています。これは副題が「美の女神の系譜」となっており、古代からルネサンスを経てバロック時代の初期までのヴィーナスを主題にした絵画や彫刻を約70点集めた展覧会です。
 東京都千代田区にある東京国立近代美術館では3月20日まで「国吉康雄」の作品を集めた展覧会、京都国立博物館では4月8日からですが、「絵画の冒険家・暁斎」という題名で江戸末期から明治初期に活躍した河鍋暁斎の特別展覧会、大阪にある国立国際美術館では、4月13日までオーストラリアの先住民族アボリジニの画家エミリー・ウングワレーの作品展が開催されています。

 ところで昨年の漢字に「偽」という文字が選ばれて話題になりました。
 これは工事の手抜きや食品の表示の偽造などが頻発したことを反映した結果ですが、実は「偽物」が大量に横行しているのが、この美術の世界なのです。
 テレビ東京の人気番組「開運!なんでも鑑定団」でも、何百万円も出して買った掛け軸が印刷された偽物で数千円ということも頻発しています。
 そこで今日は美術品の偽物について興味ある話をご紹介したいと思います。

 紀元前1世紀に活躍した古代ローマの詩人ホラティウスに「千の芸術を知る者は千の偽物を知っている」という言葉があるそうですが、偽物は人類が芸術活動を始めたときからあったというわけです。
 ニューヨークのメトロポリタン美術館の館長を務めたトマス・ホーヴィングが『にせもの美術史』(1996)という面白い本を書いていますが、そこには今から2500年くらい前にフェニキア人が作って売っていた、今から4000年ほど前の古代エジプトの偽物の鉢が発見されているという話や、今から3000年ほど前の古代バビロニア帝国で美術職人に偽物を作る指示を書いた書類があったという話が紹介されており、確かに人間の歴史に匹敵する歴史があることがうかがえます。
 そのような訳で、偽物の歴史をご紹介すると、切りがありませんので、歴史上、有名な偽物にまつわる事件を中心にご紹介したいと思います。

 まず『贋作者』(1977)という告白本まで出版し、NHKの放送番組「迷宮美術館」でも「史上最大の贋作者トム・キーティング事件」(2005)として紹介されたほど有名なトム・キーティングをご紹介します。
 彼は1917年にロンドンの下層階級に生まれ、家業の塗装業を手伝うとともに絵画の勉強をし、絵画の修復を本業とするようになりましたが、その腕前は有名で、エリザベス女王の前で修復技術を披露したほどでした。
 しかし、その陰で、25年間にわたり、ドガ、ルノアール、ゴッホ、ゴヤなどの巨匠の作品や無名の作品まで2000点以上の偽作を制作し、それらを流通させていましたが、1970年に13枚のサミュエル・パーマーの水彩画がオークションに出品されたときに疑惑が持ち上がりました。
 そのとき、キーティングは自分が描いた作品で、それ以外にも2000枚以上の自分の作品が出回っていると発表したために大事件になりました。
 理由は芸術家が一生懸命描いた絵画で画商が大儲けしている現実への抗議だと宣言しています。
 1977年には詐欺の罪で逮捕されますが、同時に告白本を出版したため、その作品は人気が出てコレクターも登場し、彼が死んだ1984年にクリスティーズが204点のキーティングの作品のオークションをしたところ、高額で売れたそうです。

 さらに大物はメキシコのブリジッド・ララです。
 贋作というと普通は本物があって、それに似せた偽物を作るということですが、ララは自分で新しい作品を創作したのです。
 コロンブスが新大陸を発見する以前に、中米にはヴェラクルス古典文化時代という時期があるのですが、その時代の土偶を3500体以上も勝手に作ってしまったというわけです。
 1974年に国宝級の土偶を密輸したという容疑でメキシコ警察に逮捕されるのですが、その土偶は発掘したものではなく、自分で創った作品で、他の何千という土偶もすべてそうだと主張したのです。
 最初は取り合ってもらえなかったのですが、監獄に粘土と道具を取り寄せ素晴らしい土偶を作ったことで無罪となりました。
 釈放後はメキシコ文化庁に雇われ、美術館のミュージアムショップで販売するレプリカの制作をするとともに、世界中に散らばっている自分の作った偽作を洗い出す作業をしたということです。

 偽作というと亡くなった有名作家の作品を偽造するというのが普通ですが、現存作家の偽作もあるという話です。
 今年の1月に長野県に住んでおられる原田泰治さんの作品が100万円で販売されていたという事件が発生しました。
 購入した人が美術館に同じ作品が飾ってあるのを見つけ露見したのですが、油断も隙もない時代です。

 鑑定という作業は難しい仕事で、かつて藤田嗣治の直弟子を自称していた東郷青児のところに藤田の作品が3点持ち込まれ鑑定を依頼され、2点が偽物で1点が本物という返事でした。
 その依頼した人がパリに行ったときに藤田に直接魅せたところ、結果は丁度逆であったというエピソードもあります。
 『にせもの美術史』の著者ホーヴィングは、これまで5万点以上の美術品を調べたが、40%偽物か修復しすぎの作品であったと述べています。
 芸術作品は自分が感動して鑑賞することがもっとも重要であり、掘り出し物を期待しすぎて欲に目がくらんでだまされないようにご忠告申し上げます。





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