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論文

 僕が「森本毅郎スタンバイ!」に初めて出演させていただいたのは、8年ほど前にナノテクノロジーを説明する役でしたしが、その後の技術進歩は目覚ましいものがあります。 
 そこで今日はナノテクノロジーの最新状況をご紹介したいと思います。
 ナノテクノロジーという概念は、1974年に東京理科大学の谷口紀男教授が生産技術国際会議で「精密加工技術は2000年には1ナノメートル程度になる」と予言し、それを「ナノテクノロジー」と命名したことが最初ですが、その第一歩として、1980年代からマイクロマシンが登場しました。
 マイクロというのは100万分の1を示す接頭辞で、1メートルの100万分の1、すなわち、1ミリメートルの1000分の1の単位で測定できる機械を作ろうという技術ですが、人間の髪の毛の直径が1ミリメートルの10分の1程度ですから、微細であることが分かると思います。

 この技術は別名MEMS(メムス)とも言われますが、これはマイクロ・エレクトロ・メカニカル・システムの頭文字を合成した言葉で、電子技術と機械技術を一体として新しい分野を開拓しようという発想でした。
 例えば、携帯電話はMEMSの塊のような装置で、あの小さな装置の中に、電話の機能だけではなく、録音機や写真機の機能まで内蔵されているのは、マイクロメートル単位の部品が組み込まれているおかげです。

 現在、MEMSは4400億円規模の産業になってきましたが、次の時代を目指して登場したナノテクノロジーがBEANS(ビーンズ)です。
 これはバイオ・エレクトロ・メカニカル・オートノマス・ナノ・システムの頭文字を合成した言葉です。
 ナノはマイクロの1000分の1を示す接頭辞ですが、マイクロよりも小さくするだけではなく、これまでの電子技術(エレクトロ)と機械技術(メカニカル)に生物技術(バイオ)を加えるということです。
 BEANSは豆という意味になりますが、ジャックの豆の木のように、どんどん成長するようにという気持ちを込めた言葉だそうです。

 どのような技術か実例でご紹介したいと思いますが、この技術を開発するための窓口になっている財団法人マイクロマシンセンターが「人間・生活・地球に貢献する技術」として解説していますので、その3つの分野について代表的な可能性を紹介します。

 まず人間への応用ですが、体内へ埋め込む診断機器が期待されています。
 現在の目標では薬のカプセル程度の大きさの円筒形のカプセルの中に診断用のセンサーや発信用のアンテナ、そして装置を駆動するエネルギーを人間の体温や振動から得る装置を組み込んで体内に埋め込み、例えば、糖尿病患者の血糖値を24時間計測して、適量のインスリンを投与することが可能になります。
 また、子牛の体内に埋め込んで異常プリオンの発生を監視することにより、BSE検査をしなくても安全な牛肉を提供することも可能になります。
 このカプセルの表面は細胞膜の機能を持つ生体適合界面材料が使われ、生物との親和性が良くなるように工夫されます。

 生活という分野では、SERS(表面増強ラマン散乱)という技術を利用して、分子単位で物質を検知するセンサーの利用が期待されています。
 このセンサーをテーブ状に加工して、養鶏場の棚などに貼っておくと、鳥インフルエンザウィルスを検出して情報を発信することが可能になり、早めに対策を打つことができます。
 以前に、この番組でご紹介しましたが、エネルギー・ハーベスティングも画期的に進歩します。エネルギー・ハーベスティングとは、自動車が走っているときの振動とか、人間の皮膚の温度と外気の温度との差などのように、現状では見向きもされない微小なエネルギーを集めて利用しようという技術ですが、そのための素子をBEANSで作ろうというわけです。
 例えば花粉情報を広域で収集しようとすると、分子単位で物質を検出できるセンサーを大量に設置することになりますが、その装置ごとに電力を供給しようとすると、大変な電力ネットワークが必要です。
 そこでセンサー自体が周囲の温度変化や振動によって発電する装置を作ろうというわけです。

 地球という規模では、二酸化炭素を固定する装置が検討されています。火力発電所のような大規模な施設では排出ガスに含まれている二酸化炭素を固定することが容易ですが、1台1台の自動車、各家庭にある給湯器から排出される二酸化炭素を処理するのは、現在の技術では簡単ではありません。
 そこで酸素のない環境(嫌気性雰囲気)で二酸化炭素とグルコースから有機酸を生成する微生物をナノメートル単位の構造に付けた装置を開発し、それを自動車や給湯器の排気ガスが出てくる部分に設置して、装置ごとに二酸化炭素を除去してしまおうという構想です。
 現在、日本の二酸化炭素の排出は運輸部門と家庭で急増しており、この小規模で分散している排出源で削減できれば大きな効果が期待されます。

 このような技術が実用になっていけば、2015年には2兆4000億円の産業規模になるというのが産業界の目論見で、平成20年度の国の一般会計から11億円以上の研究費が支出されることも決定しました。
 捕らぬ狸の皮算用というふうに思われるかもしれませんが、アメリカでナノテクノロジーを提唱したエリック・ドレクスラーが1986年に『創造する機械』を発表したとき、一部からはペテン師のように扱われた時期もありました。
 最初にもご紹介しましたが、ナノテクノロジーの発想の元祖は日本人ですし、それ以後も先端を走って来た実績があるので、新しい産業として期待したいと思います。





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