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論文

 先週末、宮崎県の五ヶ瀬町という場所で「第8回全国源流シンポジウム」が開催され、そこで基調講演をさせていただきました。
 この行事は域内に川の源流をもつ町村が集まって、源流の環境を維持するための情報交換をするとともに、源流の意義を確認することを目的とし、2000年4月に山梨県小菅村で最初のシンポジウムが開かれました。
 ここは大菩薩峠の山麓から多摩川の源流が流れ出している場所で、その源流の維持や意味を考えるために、広瀬文夫村長が日本に一つしか無い源流の研究所「多摩川源流研究所」を創設されました。
 その創設記念日にシンポジウムを開催し、以後、毎年1回、場所を移しながら、今年で8回目が開かれたという訳です。
 現在、この小菅村や今年のシンポジウムが開かれた五ヶ瀬町以外に、木曽川の源流のある長野県木祖村、富士川の源流のある山梨県早川町など3町6村が集まって「全国源流の郷(さと)協議会」を作り、シンポジウムを開いています。

 最初にだれもが疑問を持たれるのは源流とは何処かということだと思います。例えば多摩川は源流付近に水道専用のダムとしては世界最大といわれる小河内ダムが1957年に造られて奥多摩湖が出来ていますが、このダムには小菅川、丹波川、小袖川、峰谷川など何本もの川が流れ込んでおり、当然、どれが源流かということになります。
 これについて法律上の定義は無く、一般には「本流」、英語で「メインストリーム」と言われる川の流れ出ている部分とされています。
 それでは本流とは何かということですが、これは1つの水系のなかで、流出量、流路の長さ、流域面積などの量がもっとも重要な川と定義されています。
 もっとも重要という曖昧な言葉が曲者で、当然、源流の本家争いが起こる場合があります。
 北海道で最長、全国でも3番目に長い石狩川については1999年に当時の流域48市町村が参加して「石狩川サミット」が開かれましたが、源流については、石狩岳、小石狩岳、忠別岳など、諸説が飛び出して「源流論争」が発生し、石狩川の治水を担当している北海道開発局は「もともと源流の定義はなく、国が決めるべきではない」と逃げている状態です。

 しかし、日本のように川が国内だけを流れている場合は自慢争い程度で済みますが、いくつかの国を通過する国際河川では深刻な問題になり、源流の確定が重要な戦略になります。
 19世紀前半にアメリカとイギリスとで北アメリカ大陸の領土争いをしていたときに、ミシシッピー川を国境とすると定めました。
 ところが、当時はミシシッピー川の水源が不明であったため、ミシガン州の副知事であったルイス・カスが探検隊を派遣して水源を確定し、国境を有利に定めたという史実があります。

 そのような人間社会の問題はともかく自然の中でも源流は重要です。もっとも重要な役割は下流の地域に良質な水を供給する役割です。もし上流で川の水が汚れれば、下流で取水している地域には被害が及びます。
 そこで東京都では明治34(1901)年から多摩川の源流地域に2万1634ヘクタールの森林を購入し管理しています。この森林は日本でも指折りの優れた水源林で、100年以上も前に、このような決断をした行政は大変な先見の明があったと思います。

 今年8月30日に、これまで日光国立公園の一部であった尾瀬の湿原が独立して日本で29番目の尾瀬国立公園となりました。公園の面積は約3万7200ヘクタールですが、意外に知られていないのは、その半分に近い1万8000ヘクタールは東京電力の土地だということです。
 この尾瀬は東京電力が発電に利用している只見川の源流域にあたるため、潤沢に水が供給されるように東京電力が森林と湿原を保全しているというわけです。

 もう一つ源流地域が重要な点は、山奥の隔離されたような地域であるために伝統的な文化が保存されていることです。今回のシンポジウムが開催された五ヶ瀬町の隣の高千穂町は天岩戸神社などがあって日本神話に縁のある土地ですし、椎葉村は平家の落人の流れ着いた場所として有名で、国の重要文化財に指定されている鶴冨屋敷もあります。僕も椎葉村に行ったことがありますが、崖の上の細い道を辿っていく秘境でした。
 そして五ヶ瀬町には門外不出で国の重要無形民俗文化財に指定されている「荒踊」という舞がありますし、高千穂町には、これも国の重要無形民俗文化財に指定されている「夜神楽」が存続し、日本文化の源流となるものが維持されています。

 清流で有名な四万十川の源流は四国山地の中央にある不入山(いらずやま)にあります。一度、行ったことがありますが、森の中で岩の間から小さな滝が流れ落ちている場所でしたが、ここから200キロメートル近く流れて、僕がカヌーをしている川になっているのかと思うと、なかなか感慨深いものがありました。
 都会に生活していると、人間にとってもっとも重要な資源である水がどのように蛇口まで流れてきているかを考えることはないし、都会の公園で開かれる盆踊りのルーツを考えることもありませんが、その資源や文化のルーツは山奥の源流地域の人々の努力によって維持されているということを考えるべきだと思います。

 来年は長野県木祖村で8月30日と31日に開かれますので、そのようなことを思い起してみるという意味でも、全国水源シンポジウムに参加されては如何かと思います。





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