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論文

 一昨日の10月16日に、2011年度に基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字にするための財政健全化目標の試算が内閣府から明らかにされました。
 そのために8月末の概算要求では公共事業3%削減方針が示されていましたが、現実には各省が20%増しの要求を出しており、これから年末にかけて財務省と各省で攻防が繰り広げられることになります。
 しかし、長期的に見れば、日本は人口が減少していき、それに呼応して経済規模も縮小していきますから、基礎的財政収支を黒字にし、さらに800兆円近くに膨らんでいる長期債務も返還していこうとすれば、予算規模は確実に縮小せざるを得ないと思います。
 その傾向が顕著な分野が建設事業で、官民合わせた建設費用は1990年の81兆円を頂点にして以後減少し、2000年には66兆円、2005年には51兆円と急速に減少してきました。
 さらに建設経済研究所の「建設経済レポート」では、2010年に49兆円、2020年に46兆円と減少していく予測数値を発表しています。
 これは30年間で40%以上の減少ですから建設産業には厳しい事態ですが、もう一つ厳しい変化があります。社会基盤の維持費用の増大です。

 道路や建物を新規に建設すれば、それに応じ清掃、除雪、修理などの維持補修費用が増大していくのは当然です。
 これも建設経済研究所の予測によると、1990年には建設予算のうち維持報酬費の比率は13%でしたが、2000年には20%になり、2010年には49%とほぼ半分になり、2020年には58%と建設費用の6割を、これまで建設した社会基盤の維持補修に使わざるをえないという状態になります。
 また今年2月に国土交通省が、橋梁のうち50年以上経過して架け替えを検討しなければならないものの比率を発表しました。2006年には6%でしたが、2016年には20%、2026年には47%になるという数字です。これを放置しておけば、今年8月のミネアポリスの橋梁落下のような事態になりますから、維持補修を削減するわけにはいきません。

 そこで登場してきたのが、古くなった施設を壊して新しく作るというスクラップ・アンド・ビルドではなく、既存の社会基盤を上手く手直しして新しい時代の要請に応えていこうという都市再生の考え方です。
 これまでにも、そのような例は国内外に多数あります。アメリカではテキサス州サンアントニオで、街の中を流れていた運河を埋めてしまおうという計画が提案されたときに、むしろ運河を活かしてその両側にホテルやレストランや会議施設を集中させて、国際会議都市として一気に躍進した例が有名です。
 日本では函館ドックにあった煉瓦倉庫を壊さないでビアホールやコンサートホールにした例、小樽の運河沿いの石造倉庫を土産物店やレストランにした例、滋賀県長浜の黒壁の建物を料理店や博物館にした例などが成功した代表として紹介されています。

 しかし、韓国のソウルでは、さらに大規模な都市再生が成功し、世界から視察に人々が訪れています。
 ソウルは東から西に流れる漢江(ハンガン)という河によって南北に分かれていますが、その北側に漢江に流れ込む延長11キロメートルほどの清渓川(チョンゲチョン)という都市河川があります。
 この川はすでに15世紀から何度も改修されて来たのですが、20世紀になってソウルに急速に人口が集中してきたため、多くの人々が清渓川の周辺に不法に定住するようになり、衛生面でも景観面でも環境が悪化してきました。
 そこで川に蓋をしてしまおうという考えが登場し、1950年代から工事が行われて1961年にまず2・3キロメートルが蓋をされ、その後、次第に拡大して5・4キロメートルが暗渠になりました。さらに1970年代に高速道路が上部に建設されたのです。
 しかし、川が無くなって景観が損なわれたうえに、高速道路も老朽化し、何とかしなければいけないという課題が浮上してきました。
 そこで2002年にソウル市長に立候補した李明博(イミョンパク)が選挙公約として「清渓川の復元」を掲げ、当選後、2003年から実行し、2005年に完成させました。

 これは大変な大工事で、まず上部の高架道路を撤去し、さらに川の蓋を取り外したのですが、李明博の書いた「都市伝説・ソウル大改造」によると、その工事以上に地域住民を説得し移転させるのが大変だったようです。
 しかし、結果として、川は清流になり、市民が集まって散歩する場所になり、また川沿いに風の道ができたために、ヒートアイランド現象が緩和されて、夏のときの温度が数度下がるという一石数鳥の効果が発生しました。
 そして、まだ工事中の2004年に、都市再生のモデルとしてベネチア建築ビエンナーレで最優秀施工者賞を受賞するほど、世界から注目されるようになりました。
 李明博は現代建設の社長、会長を経て、1992年から国会議員だったのですが、2002年にソウル特別市の市長になって1期だけで退任し、今年8月には野党のハンナラ党の大統領候補となり、来年の大統領選挙に出馬する予定です。

 東京でも現在、日本橋の上部の高速道路の撤去や、渋谷川の蓋を取り外すことが議論になっていますが、その背景には、社会が成熟してきて、これまでのようにスクラップ・アンド・ビルドで次々と新しい施設を作る時代から、既存の蓄積を手直しして時代に合わせていくという都市再生の時代が始まったということだと思います。そういう意味でも清渓川の再生事業は手本になると思います。





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