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論文

 9月15日は、以前は「敬老の日」でしたが、改正祝日法、いわゆるパッピーマンデー法により、「敬老の日」は9月の第3月曜日になり、9月15日は「老人の日」という名前の記念日になっています。
 今日はアメリカの老人パワー、流行の表現で言えば「老人力」についてご紹介したいと思います。

 最近、日本でも次第に名前が浸透するようになったAARP(アープ)というNPOがアメリカにあります。
 以前はアメリカ退職者協会(American Association of Retired Persons)の頭文字をとった名前だったのですが、現在では退職しているかどうかに関係なく、50歳以上の国民が年間12・5ドルの会費さえ払えば自由に参加できる組織に発展しましたので、1999年からはAARPというローマ字4文字が正式名称となっています。

 これはアメリカで高等学校の校長をしていたエセル・パーシイ・アンドゥラスという女性が、退職した教員が加入する適切な医療保険が存在しないということで、1947年に全米退職教員連合(National Retired Teachers Association)を創設し、会員が割安な医療保険に加入できるようにしたのがきっかけでした。
 その医療保険に人気があり、1958年に一般の退職した人々も対象とする組織に拡大したのがAARPですが、当初は安価な医療保険の斡旋が主要な仕事でした。
 ところが現在ではアメリカでも有数の巨大組織になったのです。

 その巨大さをいくつかの数字で紹介してみたいと思います。
 まず会員数ですが3800万人という大人数です。これはアメリカの全人口の12%、50歳以上の人口のほぼ半分に相当します。
 AARPは隔月で会員に発送する雑誌『AARP/ザ・マガジン』を発行していますが、その発行部数は二二〇〇万部で世界最大です。
 これは設立のときから発行している『モダン・マチュリティ』と、50歳代の会員を対象にした『マイ・ジェネレーション』を2003年に統合したものですが、その創刊号の登場人物はフォーク歌手のボブ・ディラン、パーソナル・コンピュータの父アラン・ケイ、映画監督のスティーブン・スピルバーグ、投資家のジョージ・ソロスなどの有名人ばかりという豪華版でしたし、昨年はポール・マッカートニーが表紙を飾った号もありました。この雑誌だけで1500円のほどの年会費は元がとれるといわれるほどです。

 財政も2006年の年間収入は1200億円で、最大の収入源は医療保険や旅行商品の仲介によって保険会社や旅行会社から支払われる手数料ですが、これだけでも年間400億円にもなり、アメリカ最大の保険販売組織、旅行商品販売組織になっていますし、雑誌の広告料も70億円ほどになります。
 3800万人もの会員が加入する理由は、このような割安な医療保険や旅行や商品を購入できるという実利もありますが、それだけではなく、AARPがアメリカ最強の圧力団体といわれるほどの力をもっているからです。
 AARPには約2200名の職員がいますが、その1割は政策部門に所属し、また40名近いロビイストと契約し、年間25億円ほどをロビー活動に投入して高年齢層に不利な法案などの成立を阻止するような活動を活発に行っています。
 実際、ブッシュ政権の第2期の目玉政策は公的年金の運用を民間企業に移行させることでしたが、その法案が提出されたときには「先に民営化したヨーロッパでは運用を委託された民間企業のみが手数料で儲けて国民に利益はなかった」と主張し、結局、廃案にしてしまいました。
 また、雇用における年齢差別を禁止する法律を成立させることにも成功しています。

 日本と比較してみると威力がわかります。
 日本の各地の老人クラブを統合した全国老人クラブ連合会という財団法人があり、会員の合計が約七〇〇万人です。
 同様に、全国各地のシルバー人材センターを統合した社団法人全国シルバー人材センター事業協会の会員数が約50万人です。
 規模も桁違いですが、これらは国や地方自治体の補助金で運営され、職員の天下り機関になっており、全国でまとまって行動するという活動は皆無というのが実情です。

 なぜそのような差があるかというと、日本には「共益」という概念が希薄だからだと思います。
 AARPが目指している目標は共益といわれます。これは国民すべての利益という公益ではなく、加入している会員の利益ということです。
 そのために、AARPは仲間の利益だけを追求していると批判されることもありますが、それが目的だから、ある意味では当然の役割を果たしているといえます。
 しかし、日本の官庁は「省益あって国益なし」と揶揄されるように、役所内部では過剰なほどの共益を目指していますし、会社も賞味期限切れの商品を誤摩化して販売しても利益をあげようとしているように「社益あって公益なし」です。
 このように組織単位では、日本の役所も企業も共益を目指しているのですが、その境界を越えた利益の追求はほとんどありません。
 その証拠に、高齢者層には大変に不利な医療制度改革法案が成立してしまいましたが、組織としての反対は皆無といっていい状態でした。
 現在、日本の65歳以上の人口の比率は20%ですし、2050年には約35%で3分の1以上になります。
 その高齢者にとって年金も医療負担も不利な方向に向かいつつあります。ぜひ老人の日を契機に、AARPを参考にして、高齢者の共益を目指す老人力が登場することを期待しています。





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