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論文

 先端技術の話題としてナノテクノロジーの最新事情を紹介させていただこうと思います。この「森本毅郎スタンバイ」に、僕が初めて出演させていただいたのは、思い起こせばはるか2000年のことですが、そのときナノテクノロジーについて電話で説明をさせていただいたという因縁ある話題です。

 ご存知の方も多いと思いますが、まず「ナノ」というのは大きさを表す接頭語で、1000分の1を表す「ミリ」、100万分の1を表す「マイクロ」に次いで、10億分の1という単位ですから、ナノテクノロジーの場合は10億分の1メートル程度のモノを扱う技術という意味で使われています。
 これがどの程度の大きさかということです。身近なものでいえば、人間の髪の毛の直径は100マイクロメートル程度といわれますから、その10万分の1が1ナノメートルということになります。
 これでは実感が湧かないと思いますが、地球とパチンコ玉を同じ比率で圧縮していき、地球がパチンコ玉になったとき、パチンコ玉は直径1ナノメートルの球になっているということです。
 様々な物質の分子の大きさがナノメートルという単位で表されるので、そのような分子、場合によっては原子を操作する技術をナノテクノロジーというわけです。   

 分子を操作してモノを作ろうという発想は最近のことではなく、すでに50年ほど前の1959年に、ノーベル物理学賞受賞者のリチャード・ファインマンが「底には空間がいっぱい」という講演をしたときに、「物理学の原理に照らしても、原子レベルの物質操作は不可能ではない」「そのような技術を利用すれば、世界中の書物に書かれている情報は塵くらいの大きさの立方体に収まってしまう」と説明しています。
 ところが、この発想をナノテクノロジーと命名したのは日本人で、1974年に、当時、東京理科大学の谷口紀男教授が国際生産技術会議で講演をし、そのような物質を製造する技術のことをナノテクノロジーと命名したのです。
 しかし、ナノテクノロジーを有名にしたのは、一部ではアインシュタイン以来の天才と言われるエリック・ドレクスラーが31歳のときに出版した『創造する機械』という本です。
 この中でドレクスラーは、分子を操作して機械を作ることができると発表し、ナノテクノロジーが一気に注目されるようになりました。
 この原理を簡単に説明するために、ドレクスラーが出演したテレビ番組で面白い例を紹介しています。現在、ビーフステーキを用意しようとすると、牛に草や水を何年も与えて成長させ、その牛を解体して肉を取り出して焼くという手間がかかります。
 しかし、ビーフステーキとなった肉は炭素、水素、酸素、窒素、硫黄という元素によって構成されているから、それらの元素を操作してビーフステーキになるように集めれば、何年も手間をかけて牛を育てる必要はなく、短時間でお好みのビーフステーキができるというわけです。
 この原理を応用すれば、歯車を作るために鉄板を切ったり削ったりしなくても、鉄の分子を歯車の形に組み合わせればいいというわけです。

 しかし、ビーフステーキや歯車を作るのは当分先の話で、現在、実用になっているナノテクノロジーの成果は新しい素材を作るという段階です。
 例えば、見る方向によって色が変わるアイシャドーが登場していますが、これはアイシャドーの材料になる粉をナノメートルの超微粒子にすると、そのような効果がでるというわけです。
 同じように、チョウの羽は見る角度によって色が変わりますが、その原理を応用した繊維も発表されています。
 ドレクスラーが提言したような分子を一個一個操作する方法によって生産される実用製品はまだ登場しておらず、そのための様々な方法が開発されている段階ですが、走査型トンネル顕微鏡(STM)を使って、結晶の表面から原子を一個一個取り除いて目的とする形を作るとか、原子間力顕微鏡(AFM)によってシリコンの結晶の表面に数10ナノメーターの大きさの図形を描く方法などが実現しています。

 現在、日本をはじめ、アメリカ、ヨーロッパ、中国、韓国などが国家計画としてナノテクノロジーを研究しており、日本、アメリカ、ヨーロッパはそれぞれ年間1000億円近い金額を投入していますので、実用になる製品も登場してくると期待されています。

 なぜ、世界の先進諸国が熱心かというと、ナノテクノロジーは第二の産業革命ともいわれ、モノを作る方法を根底から変えてしまうので、これに乗遅れると産業分野で大差がついてしまうと心配されるからです。
 2015年にはアメリカで120兆円、2010年には日本で20から27兆円などという巨大な規模の産業になるという予測もあるので、各国とも必死というわけです。
 しかし、どのような技術にも問題はあるように、ナノテクノロジーにも問題が指摘されています。それはホコリや微生物よりも小さな物質が間違って空気中に放出されると、人体に影響したり、環境を汚染したりするという問題です。
 「ジュラシックパーク」などの未来小説を書いているマイケル・クライトンは2002年に『プレイ・獲物』(翻訳2006)という小説で、ナノテクノロジー企業が研究所で秘密に生産していたナノロボットが研究所から飛び出して自己増殖して大群となり、人間を襲うという小説を書いています。
 このように自意識をもったロボットが自分で行動するということは相当先のこととしても、目に見えないモノが生物に及ぼす悪影響は多数の学者が指摘しています。
 われわれはそのような視点からも関心を持って、この最先端技術を見守る必要があると思います。





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