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論文

 かつて「鉄は国家なり」という言葉が盛んに使われました。これは鉄血宰相といわれたドイツ帝国の初代首相のオットー・フォン・ビスマルク(1815-98)の言葉ですが、近代社会では建物、橋梁、鉄道などは鉄で作られましたし、何よりも軍艦や大砲や戦車などの兵器は鉄で作りましたから、優秀な鉄を大量に生産する国が強い国でした。
 実際、世界の鉄の生産量の歴史を調べてみると、19世紀はイギリスがもっとも性能のいい鉄を大量に生産していました。したがって日本をはじめとする当時の発展途上国はイギリスのアームストロング社に軍艦や大砲を発注していました。日本では、日露戦争で活躍した戦艦のうち「和泉」「浅間」「常磐」など11隻はアームストロング社製でした。
 しかし、19世紀の終わり頃、新興国のアメリカがイギリスを追抜き、世界一の鉄の生産国になり、次第に強い国になっていきます。それから80年近く経過した1980年頃に、何と日本がアメリカを抜いて、ソビエトには適わないものの、資本主義国の中では鉄の生産の首位になり、工業社会で頂点に到達しました。

 しかし、1980年代頃から「半導体は国家なり」という言葉が使われるようになり、鉄は産業の中心ではないような立場になってしまいました。
 日本でも製鉄所の象徴である高炉が次々と閉鎖されるようになり、1996年頃には中国が一気に日本やアメリカを抜き世界一の生産国になりました。そして現在では、アメリカと日本が年間1億トン程度の粗鋼を生産しているのに、中国は2億2000万トンと両国の倍以上の鉄を生産しています。
 ところが最近、鉄鋼産業は再び景気が良くなり、銑鉄の生産量も1980年頃の8700万トンから2000年頃には8100万トンまで落ち込んでいたのですが、現在では8200万トンと再び増加しはじめました。その背景にあるのが、日本の製鉄会社による技術革新です。

 鉄というのはエジプトの言葉で「天からの黒い銅」、シュメールの言葉で「天の金属」といわれていたように、人類が最初に手にしたのは隕石に含まれている鉄でした。
 その後、ヒッタイト人が鉄を作るようになり、人類と鉄との関係は4000〜5000年ほどの歴史になります。
 それだけの歴史があれば、技術革新はされつくしているのではないかと思われるかもしれませんが、次々と新しい優秀な鉄が登場しています。

 最初にご紹介するのが、新しいステンレススチールです。ステンレススチールというのは鉄にニッケルとクロムという金属を混ぜたもので、例えば代表的なSUS304というステンレススチールはニッケルを8・2%、クロムを18・2%混ぜたもので、錆びないという特徴があります。
 ところが問題は、ニッケルは希少金属(レアメタル)の代表で、現在知られている埋蔵量が6200万トンで、毎年120万トンほど採掘していますので、このままでは50年ほどで枯渇してしまいます。
 そのため、最近、価格が高騰し、2001年にはトン当たり4000ドル程度でしたが、今年の7月には26600ドルと6・5倍も上がっています。
 そこで登場したのが、ニッケルを使わないステンレススチールです。JFEスチールが昨年発売しはじめたJFE443CTという製品はクロムを21%と銅を0・4%、チタンを0・3%混ぜたもので、ニッケルを使用していません。
 しかし、加工性能は従来のものより優れ、熱伝導率が大きく、熱膨張率が少なく、そしてステンレススチールの最大の特徴である錆びないという性質も従来のステンレススチールより優秀です。
 クロムも希少金属ですが、知られている埋蔵量は8億1000万トンあり、現在の採掘量では500年以上採掘が可能なので資源としては安心ですし、価格もニッケルより大幅に安いため、それを混ぜた製品の価格も同社の従来製品より2割も安価になり、一石二鳥どころか何鳥もの効果があります。

 別の注目されている鉄も登場しています。現在、大型コンテナ船は世界全体で年間120隻ほど建造されていますが、その規模は年毎に巨大になり、この20年間で20フィートのコンテナを4000個積載できる規模から、最近では1万個一度に輸送する規模になり、2・5倍ほどになりました。
 したがって、最近の最大のコンテナ船では長さが400メートルにもなり、東京タワーの333メートルよりも長いのです。
 そうなると当然、船を建造する鋼板の厚さは増え、20フィートのコンテナ4000個を積載する船では厚さ40mm程度でしたが、8000個のコンテナを積載する船では80mmから90mmの厚さの鋼板が必要となり、船が重くなっていきます。
 そこで登場したのが新日本製鉄の開発した船舶用「47キロ高強度鋼板」です。47という数字が付いている意味は、鉄が外部からの力に耐えられなくなる限界が平方ミリメートル当たり47キロであるという意味です。
 これはどの程度の進歩かというと、1980年頃までは32キロ、90年頃までは36キロ、最近までは40キロでしたから、この25年間で1・5倍近く強くなったということです。
 その結果、これまでは8000個のコンテナを積載する船は厚さ80mmほどの鋼板を使っていましたが、この新しい鋼板の場合は60mm以下で大丈夫ということになり、軽い船を造ることができるようになります。しかも、鋼板の一部に亀裂が入ったときに、それが拡大していかない靭性と性質も大幅に向上し、安全にもなりました。

 製鉄業では韓国やインドなどが生産を増大し、安い製品を発売していますが、このような高度な製品を開発すれば十分に競争できるわけで、日本の産業が目指す方向を示していると思います。





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