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論文

 世界の先進諸国は情報社会のキーテクノロジーの一つであるスーパーコンピュータの開発競争を行っています。
 2002年から2004年までは、日本の海洋研究開発機構にある「地球シミュレータ」が世界最速でしたが、現在ではアメリカが逆転し、上位を独占しています。
 そこで日本は再逆転を狙って、理化学研究所が中心となり、2012年までに1154億円の費用で世界最速のスーパーコンピュータ開発を目指しています。

 このコンピュータについては別の機会に紹介させていただきたいと思いますが、今日はまったく別の発想でスーパーコンピュータを実現するグリッド・コンピューティングについて話をさせていただきたいと思います。
 グリッドという言葉は「格子」という意味で、科学技術分野では「パワーグリッド」すなわち電力網の意味で使われてきました。これは送電線を網の目のようにして、一部が切断されても電力を安定して供給できるようにする技術ですが、グリッド・コンピューティングは多数のコンピュータをネットワークで網の目のように結び、スーパーコンピュータに匹敵する能力を実現させようという技術です。
 スーパーコンピュータが巨大な百貨店とすれば、グリッド・コンピューティングは多数の仮想店舗が集合したインターネットショップということになります。

 このような技術は1980年代から一部で実用になっていましたが、有名になったのは1999年からカリフォルニア大学バークレイ校が中心となって始めた「SETI@home(セティ・アットホーム)」です。
 SETIというのは「The Search for Extra-Terrestrial Intelligence」(地球外知性体探査計画)の頭文字を集めた略号ですが、宇宙のどこかにいる人間並みか人間以上の知的な存在を発見しようということで、1971年にアメリカの天文学者カール・セーガンが提案して始まった研究です。
 これは宇宙から地球に降り注ぐ電波を受信して、その中から規則性のある電波を発見すれば、その飛来してきた方向に知性のある生命体が存在する可能性があるというわけです。
 そこで「007ゴールデンアイ(1995)」のクライマックスの場面にも登場したことのある、プエルトリコのアレシボにある単体としては世界最大の直径305mの電波望遠鏡(2020年12月1日に崩壊)で電波を集め、それを解析するわけですが、専用のスーパーコンピュータを用意するほどの予算も無いということで、1999年から始まったのが「SETI@home」というグリッド・コンピューティングです。

 これは世界のパーソナル・コンピュータを持っている人に呼びかけて、使用していないときに、そのコンピュータに電波のデータを送って解析計算に使わせてもらうという仕組です。
 もちろん、本人がコンピュータを使っているときは解析計算をしませんから、何の問題もありません。
 その結果、現在では350万台以上のコンピュータが協力体制にあり、合計すると260TFLOPS(テラフロップス)の計算能力があると言われています。
 これはどの程度の能力かというと、現在、世界最速の「ブルージーン」というスーパーコンピュータの能力が280TFLOPSですから、それに匹敵しますし、日本の最速の「TSUBAME」は85TFLOPSですから、まさに「塵も積もれば山となる」です。

 同じような方法でガンの特効薬を開発しようというのが「United Devices Cancer Research Project」です。
 これはアメリカのユナイテッド・デバイセズ社、国立ガン研究財団、イギリスのオックスフォード大学が共同で行っている研究で、ガンの薬として可能性のあるタンパク質の分子式をコンピュータでシミュレーションして有効かどうかを判定する研究で、やはり世界の数百万台のパーソナル・コンピュータが協力しています。

 現在ではグリッド・コンピューティングによる研究開発計画は多数あり、話題になった成果としては、2003年に630万桁以上になる世界最大のメルセンヌ素数(2**n-1)が発見されています。
 さらにアメリカでは、パーソナル・コンピュータのグリッド・コンピューティングではなく、スーパーコンピュータを連結する「テラグリッド」計画が180億円の予算でアメリカ科学財団(NSF)の手により進行しています。
 日本でも経済産業省が2003年から2005年まで「ビジネスグリッド・コンピューティング・プロジェクト」によって実証実験を行っていますし、コンピュータメーカーも研究開発を進めています。
 また、NTT西日本と国立遺伝学研究所も共同で「Bio@home」を開始していますが、アメリカに比べれば出遅れている状態です。

 第二次世界大戦で、日本は大鑑巨砲主義に固執して時代遅れの戦争をすることになった経験がありますが、スーパーコンピュータの開発と並行して、グリッド・コンピューティングにも力を入れていかないと、同様の経験を繰返す可能性があります。





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