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論文

 H5N1型ウィルスによる鳥インフルエンザの流行が次第に広がっており、すでに東南アジアを中心に90名以上が死亡していますし、今年になってからだけでも、3月6日現在、インドネシアで9名、中国で4名、トルコで4名、イラクで2名の合計19名が亡くなっています。ついに鳥の間だけではなく、人間にも感染することが分かり脅威になりはじめたのです。
 これは渡り鳥によって世界の広い範囲に広がる可能性があり、日本でも、次の冬に感染した渡り鳥がヨーロッパからシベリアに戻り、それがさらに日本にも渡る可能性があり安心していられません。
 さらに野生の鳥だけではなく、フランスでは食用に飼育されていた七面鳥からウィルスが検出され、ニワトリなど鶏肉の消費が30%近く減っていますし、ドイツでは死んだネコからもウィルスが検出され、ネコの屋外での飼育が禁止されたり、イヌを散歩させるときは必ず綱をつけるように通達がだされたり、騒ぎが広まっています。
 そこで今日は、このような流行病の脅威を世界の歴史の中で考えてみたいと思います。

 疫病によって人類が大量に死んだ記録は色々と残っていますが、古くは6世紀の東ローマ帝国でペストが流行し、首都のビザンチウムでは一日5000人が死に、最終的に市民の40%が死んだと言われています。
 さらに大規模な流行は14世紀にシチリア島からはじまってヨーロッパ全域に広がったペストで黒死病といわれるものでした。
 これは4500万人から5500万人が亡くなったと言われていますが、当時のヨーロッパの人口が1億人弱でしたので、半分近い人々が亡くなったということになります。

 検疫のことを英語でクアランティーン(quarantine)といいますが、これはペストの流行からできた言葉と制度です。
 1348年にスペインのセビリアではイスラム教徒が異教徒として監獄に入れられていましたが、大流行したペストに罹らず生き残ることができました。
 そこで隔離すれば疫病が防げるということに気付き、ベネチアでは沖合に船を40日間停泊させて、その間に発病がなければ、上陸させるという検疫制度を1403年に作りました。
 その40日をイタリア語でクアランティーナというところから、検疫という意味になったのです。

 ペストは19世紀末にもう一度猛威を発揮します。1894年に香港で発生し、世界全体に伝染し、1000万人以上が死亡しました。
 日本にはペスト菌を媒介するケオプスネズミノミが棲息していなかったため、香港での大発生以後の1899年に初めて入ってきました。そしてこれまで2420名が亡くなっていますが、1926年を最後に発病はなく、防疫に成功しています。

 これ以上に猛威を揮ったのがインフルエンザです。世界で最初に大流行したのは1918年から19年にかけてのスペイン風邪で、世界では6億人が感染して4000万人から5000万人が死亡しました。当時の人口は18億人程度でしたから、3分の1の人が病気になり、3%の人が亡くなったという計算になります。
 スペインから流行したわけではなく、1918年3月にアメリカのシカゴ付近で最初に流行したのですが、アメリカ軍が第一次世界大戦の援軍としてヨーロッパに渡って5月から6月にかけて広まり、秋には世界中に流行したのですが、スペイン王室で広まったことが大きく報道されたため、スパニッシュ・インフルエンザとかスパニッシュ・レディといわれ、その名前が一般に使われるようになりました。

 これは日本でも流行し、39万人が亡くなっています。当時の日本の人口は5500万人程度でしたから、1%弱の人が亡くなったという勘定になります。
 この病原体は長らく分からなかったのですが、2000年にアラスカの凍土の中から発見されたスペイン風邪で亡くなった患者の肺からウィルスゲノムが分離され、H1N1型のウィルスということが明らかになり、鳥インフルエンザに由来することが分かりました。

 それまで人に感染しなかった鳥インフルエンザウィルスが突然変異で人間に感染するようになった全く新しい感染症のため、人間に免疫がなかったために、一気に大流行したのだと推測されています。今回のH5N1型の鳥インフルエンザが恐れられているのは、このスペイン風邪に経過が似ているからです。
 この影響で第一次世界大戦が早めに終結したという説もありますが、その戦争での死者は兵隊が900万人、非戦闘員が1000万人で合計1900万人ですし、負傷者2200万人を足しても4100万人で、スペイン風邪の死者5000万人に及びませんから、人間にとって疫病がいかに恐ろしいものかが分かると思います。





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