TOPページへ論文ページへ
論文

 昨年から韓国のソウル大学の黄禹錫(ファン・ウソク)教授の論文捏造事件が話題になっていましたが、1月10日に調査委員会が最終報告を発表し、実験も論文も捏造であったという結論になりました。
 これは重要な問題ですが、科学の歴史では珍しいことではなく、時々発生していることです。
 そこで今日は過去の様々な事件を紹介しながら、何故そのような問題が発生するかという原因を考えてみたいと思います。
 今回のES細胞事件は、もちろん科学者としての黄教授の職業倫理の問題が根底にはありますが、ノーベル物理学賞やノーベル化学賞を受賞して一流の科学国家になりたいという韓国という国家の期待が影響したことは否定できません。そのため元大学教授で大統領秘書室の朴基栄(パク・ギヨン)情報科学技術補佐官も辞意を表明しています。

 このような国家の威信を背景にした偽科学として有名な例は、ルイセンコ学説です。
 ソビエト連邦の生物学者トロフィム・デニソヴィッチ・ルイセンコが1934年に発表した学説で、生物の特徴は環境に影響されて変化し、その変化した性質、専門的には獲得形質といわれる資質は遺伝するという内容です。
 それまでのメンデルの遺伝学のように、性質は生まれつき決まっているという学説はブルジョア理論として否定されました。
 これは労働者が努力すれば報われるという共産主義国家を支援する理論で、ルイセンコはスターリンに引き立てられて農業アカデミー総裁にまで出世する一方、反対する学者は処刑されたりしました。しかし、スターリンの死後はルイセンコも失脚し、遺伝子の構造が解明された現在では、支持する学者はいなくなりました。

 同じように国家を背景としたものに「N線」の発見があります。1903年にナンシー大学の科学者ルネ・ブロンロが新しい放射線を発見したとし、ナンシーの頭文字を付けて「N線」と命名しました。
 様々な学者が追試をしましたが、結局再現はされず、間違いだったということになりました。
 当時の状況を考えると、フランスは普仏戦争でドイツに負けて屈辱的な気持であり、そのドイツで1895年にヴィルヘルム・コンラート・レントゲンがX線を発見し、その功績によって1901年にレントゲンが第一回ノーベル物理学賞を受賞していましたので、国威発揚の気持があったのだと思います。実際、当時のフランスの著名な学者も支持していたのです。

 今回のES細胞の捏造に匹敵する有名な事件はピルトダウン人の発掘だと思います。
 1908年にイギリスのアマチュア考古学者チャールズ・ドーソンがイギリス南部のピルトダウンで発掘し、1912年に公表したヒトの頭蓋骨が話題になり、イオアンスロプス・ドーソニと名付けられました。
 これまで人類と類人猿の中間に存在する猿人が発見されておらず、ミッシングリンク(失われた環)とされていましたが、それに相当するということで価値があったし、さらに当時の考古学の先端を行っていたイギリスは国内で発見がないことを残念に思っていた矢先であり、しかも発見された頭蓋骨がイギリス人の祖先にふさわしい大きな頭脳を持っていたということで、大騒ぎになりました。
 しかし、1949年に科学的年代測定法で調査したところ、骨は1500年頃のものであり、下顎はオランウータンのものであり、犬歯は人間の歯に似せるために削ったものだと分かり、偽造だと判明してしまいました。
 この偽造の真犯人についてはSF小説「ロスト・ワールド」で有名なコナン・ドイルではないかという落ちまであります。

 それで想い出すのは、日本の旧石器の捏造です。これは日本の考古学史上の大問題で、2000年11月に毎日新聞がスクープして大問題になりました。
 民間の東北旧石器文化研究所の副所長であった藤村新一が、事前に別の場所で発掘した石器を、あらかじめ発掘場所に埋めておいて、あたかも発見したように見せかけた事件でしたが、1970年代から行われていたということが判明し、過去30年近い年月の日本の旧石器時代の研究の蓄積がほとんど崩壊する大事件となりました。
 これは個人の功名心がさせたことかも知れませんが、ES細胞の捏造事件と同様に周囲の期待に押しつぶされたという側面もあります。

 このようなことが防げるかというと、論文に掲載されているデータまでを追試することは不可能ですから、査読者の審査にも限界があり、完全には防げません。
 最近、医師に関係する事件、弁護士の関係する事件、そして建築家の関係する事件などが続出していますが、それらに共通することは職業倫理の崩壊だと思います。
 その崩壊が科学者にまで及んでいるかと考えると、社会の根底から立て直す方策を検討する必要があると思います。





designed by BIT RANCH / DEGITAL HOLLYWOOD
produced by Y's STAFF
Copyright(c) Tsukio Yoshio All Rights Reserved.