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論文

 先週の6月29日に、文部科学省が今後10年をかけて1万人の子供について、脳の活動を追跡調査するという研究プロジェクトを発表しました。
 もう少し細かく説明しますと、これから2年間で予備調査をおこない、調査の方法やプライバシーの保護の方針などを検討し、平成18年度から、0歳児5000人と5歳児5000人について、行動の特徴と脳の働きの関係を半年から1年ごとに追跡調査しようというプロジェクトで、7年間の調査費用が40億円から50億円という大きな構想です。

 背景には、少年犯罪の増加やキレる子供の増加という社会事情があるわけですが、それ以外にもいくつかの背景があります。
 第一は脳の活動を簡単に測定できる技術が登場したことです。以前は脳がどのように活動しているかを調査しようとすると、脳に電極を差し込んで、電流の変化を測定するというような荒っぽい方法しかありませんでしたので、実験動物では可能でも人間の生きた脳を調べることはできませんでした。
 ところがfMRI(機能的磁気共鳴画像装置)といわれる技術の登場によって、外部から脳の活動を測定できるようになったのですが、残念ながら、この装置は巨大であり、人間が横になっている状態でしか測定できませんでした。

 そのようなところに、今回の文部科学省の研究の総括をされる日立製作所の小泉英明博士がヘルメットのような装置を頭に被せるだけで脳の働きをリアルタイムで測定できるという装置を発明されました。
 これは2002年にアメリカのマサチュセッツ工科大学が選定した「世界を変革する4大技術」の一つ選ばれたほどの画期的な技術です。
 頭の皮膚の上から近赤外線を当てると、脳の表面にある新皮質の部分の血管のなかを流れる血液の量の大小を時々刻々と測定できる装置ですが、それによって脳のどの部分が働いているかを外から眺めることができるというわけです。
 例えば、意味が理解できる日本語を聞いているときと、理解できないアラビア語を聞いているときとは頭の働く部分が違っているというようなこともディスプレイ装置のグラフに表現されます。
 異性を眺めているときに、妄想などしているとそれも分かってしまうという恐ろしいことにもなりかねませんが、それはともかく、そのような画期的な装置のおかげで、子供がコンピュータゲームをしているときと、友達同士と話をしているときでは脳の働く場所が違うというようなことが分かるので、外部からの観察と一緒にして分析すると、子供の心の発達の様子が分かるようになるということです。

 このようなプロジェクトを国が推進するもうひとつの理由は、脳の働きの解明が科学研究の最後のフロンティアともいわれ、国際的な競争になっているからです。
 科学の歴史を振り返ってみると、最初は天文学や地理学などのように人間を取り巻く環境の研究が中心でしたが、次第に人間そのものを研究対象にするようになりました。しかし、ルネサンス時代に解剖学が発達したように、人間といっても肉体についての研究が中心であり、人間の人間たる部分である脳は神聖な部分として研究対象から除外されてきました。
 ところが、21世紀になり、この最後の領域の研究が開始され、先進諸国が競争で研究をしているのが現状です。それは人間の脳の働きを解明し、その成果を教育に応用すれば、次世代の優秀な国民を育てることが可能だからです。
 そこで日本でも理化学研究所に「脳科学総合研究センター」が設立され20年間に2兆円という巨額の研究投資をする体制で研究を推進しています。そのような流れのなかで、最初にご紹介した文部科学省の研究も登場してきたのです。

 本格的な研究が始まったばかりなので、全貌は分かりませんが、脳というのは非常に柔軟な仕組みになっており、ほとんどあらゆる状態に対応できるようになっているのですが、使わない機能は衰退していく仕組みになっているようです。
 例えば、生まれたときからしばらくは、どのような言葉も理解できるように用意されているらしいのですが、ある言葉を聞かないと、その能力は消滅してそうです。
 例えば英語の「L」と「R」の区別が日本人は苦手とされていますが、これは子供のときに、そのような音を聞かないからといわれ、努力する意欲をなくすような話もありますが、その一方で、従来は脳細胞の数は3歳くらいまでに決まってしまい、それ以後は消滅していくだけだと思われていましたが、年をとっても努力すれば脳細胞は増えるという実例も発見され、努力は必要だということも分かっています。

 現代は男女平等の社会ですが、脳の仕組みには明確に男女の差があり、生物としては男性の役割と女性の役割は存在しているということも分かってきました。
 さらに、わずかな事例しかないのですが、人間の臓器移植をする場合に、心臓と肺臓の両方を移植すると、精神構造も変わるという報告もあり、人間の心は脳だけにあるのではないのではないかとも言われ始めています。
 しかし、脳は人間の人間たる根底の部分ですから、その研究が人間の発展のために役立てられることを期待したいと思います。





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