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論文

 先週の6月11日金曜日に、法務省の「法制審議会・人名漢字部会」が人名に使用していい漢字を新たに578文字追加するという提案を発表しました。
 これには"くさかんむり"に"母"と書く「苺(イチゴ)」や、"あめかんむり"に"下"と書く「雫(シズク)」や、宝石の"琥珀"の"王へん"に"虎"と書く「琥」と、"王へん"に"白"と書く「珀」、それから"木へん"に"甘い"と書く「蜜柑」の「柑」など、確かに名前に使いたくなるような漢字もありますが、一方で「淫乱」の「淫」とか、「糞尿」の「糞」とか、「痴呆」の「呆」とか、「軽蔑」の「蔑」などの漢字も含まれており、そのような文字を名前に使うことがあるのかと議論になっています。
 どうして、このような文字が選ばれたかというと、この578文字は、文化庁が2000年に385種類の書籍や雑誌を調査して頻繁に出現する漢字を一覧にした表があり、それを基礎にしたからです。
 したがって、これで直ちに決定するということではなく、一般の意見を法務省のホームページ(http://www.moj.go.jp)などで募集し、それらを参考にして年内にも決定するということです。

 人名漢字とはどういうものかというと、戦前は漢字が5万字程度使用されていたのですが、これでは覚えるのが大変だということで、昭和21年に、新聞や雑誌などで日常に使用する漢字が1850字指定され、これを「当用漢字」としました。これは昭和56年に改定されて1945字になり「常用漢字」とされたのですが、これでは人名を十分に表現できないということで、人名だけに使っていい漢字が287文字追加され、合計2232文字が現代の日本で日常使われている漢字になっています。私の「嘉男」という名前の「嘉」の字も人名漢字です。
 ところが、世間から、名前に使いたい文字の要望が色々とあり、そのような要望を反映して、今回追加の提案がなされたというわけです。

 そこで漢字について考えてみたいのですが、まず漢字はどれくらいの種類があるのかということです。
 最初の漢字の辞書は紀元前100年頃に中国で作成された『説文解字』で、ここには9358文字が掲載されています。
 ところが漢字は次々と発明され、1716年、中国の清の時代に国家事業として完成した『康煕字典』には4万7000文字が採録されるまでになりました。
 その漢字は日本には1世紀頃に中国から伝わったとされていますが、7世紀の『古事記』には1600字、『万葉集』には2600字が使われており、さらに日本でも"山へん"に"上下"と書いて「峠(トウゲ)」とか、"人へん"に"動"と書いて「働(ハタラク)」とか、"火へん"に"田"と書いて「畑(ハタケ)」など、国字といわれる日本独自の文字を発明して、字数が増えてきました。
 そして、大正14年(1925)から編纂が開始され、昭和35年(1960)に全13巻が完成した日本が誇る漢字字典の金字塔『大漢和辞典』には、5万1000文字が採録されています。

 そうなると漢字の本国である中国も黙ってはおられないということで、1990年に5万4000字の『漢語大辞典』を刊行し、さらに1994年には8万5000字を掲載した『中華字典』を発表しました。ということで、現在、漢字の数は8万5000字あるというわけです。
 しかし、迷惑なのは、それを覚えなければならない国民ということで、明治時代以来、漢字を制限しようという動きは色々とありました。
 まず、日本の郵便制度を創設した前島密(ヒソカ)は1866年に15代将軍徳川慶喜(ヨシノブ)に「漢字廃止之儀」を提出していますし、土佐の南部義壽(ヨシカズ)は「西洋の学を為すや唯26文字を知り、文典の義を解すれば即ち読むべからざるの書なし」ということで、アルファベットを導入すべきという建白書を大学頭山内容堂(ヤマノウチヨウドウ)に送っています。
 思想家の西周(アマネ)や植物学者の矢田部良吉もローマ字を採用すべきと主張していますし、初代文部大臣であった森有礼(アリノリ)は日本語廃止論を唱え、英語を国語にするという意見でした。
 福沢諭吉も「今より次第に漢字を廃するの用意専一なるべし」と言い、自分の文章でも漢字を制限して使っていました。
 東京帝国大学教授で緯度観測所の創立に貢献した田中館愛橘(アイキツ)もローマ字論者でしたし、やはり東京帝国大学教授かつ医学部長で眼科の専門家であった石原忍は、日本人に近眼が多いのは漢字のせいであると、「東京大学眼科教室式新かな文字」を発明して普及させようとしました。

 このように漢字が日本人の教育の負担になっているという意見は文明開化以来、根強くあるのですが、最近では、その反動で、この番組で以前にもご説明させていただいたように、外来語の使用を制限しようという動きもありますし、今回の人名漢字の追加もその流れだと思います。
 しかし、現在、新たな漢字問題が発生しています。それはコンピュータで漢字を扱うときの問題ですが、それについては来週ご説明させていただきたいと思います。





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