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論文

 この2ヶ月間、ケープホーンを目指してパタゴニアといわれる南米大陸の最南端に行っていたのですが、この無人の自然の中で考えたことを、何回かお話させていただきたいと思います。
 パタゴニア地方は最大のフェゴ島(テラ・デル・フェゴ)をはじめとして多数の島々からなっていますが、ほとんど無人です。このような自然に価値があるかというと、観光地としての価値とか、牧場としての価値が考えられますが、実はそれ以上の価値がはるかにあるのです。
 例えば、島に湿地があると、そこでは流入してくる土砂を濾過するとか、雨が一気に流出するのを調節したりしているという価値がありますし、島の周囲は磯になっていて、魚や鳥が生息できるということにもなります。

 これらをお金に換算するといくらになるかを計算した学者がいます。
 どのように計算するかというと、もし、湿地がなくなったと仮定して、その水を濾過する役割を人工的な設備で代替するといくらかかるかと計算したり、水が一気に流入するのを調整するためダムを建設するといくらかかるかというように計算するわけです。
 その結果、海洋、森林、湿地、河川、湖沼など、世界中の自然が地球にもたらしている価値は1年間で33兆ドルという結果になりました。なかなか実感が湧かない数字ですが、実はこの数字と非常に近い数字があります。
 それは世界全体のGNPの32兆ドルという数字です。すなわち、世界中の60億人以上の人間が1年間一生懸命働いて作り出した価値と、世界中の自然がもたらしている価値とはほぼ同じということです。
 その人間が働いて作り出した価値は、どのような構造で作り出されているかというと、自然の価値を人間の価値に転換していると考えたらいいと思います。
 例えば、私たちは森林を伐採してチップを作り、それから紙を生産しています。そうすると紙を作る産業は経済価値を作り出しますが、その一方で森林という自然が地球にもたらしている価値を減らすことになっています。
 簡単に言えば、自然の価値を奪って人間の価値に換えたということです。ですから世界の人口が少数で、GNPがわずかであった時代には、自然の価値は膨大であったということになります。
 別の表現をすれば、大自然という膨大な預金を少しずつ取り崩してきて、残っている預金と、取り崩した金額とがほぼ同じになったというのが現在の状態だと考えればいいと思います。
 現在、世界中で行われている産業活動や経済活動は、さらに自然という預金を取り崩そうとしてということになるのですが、地球規模の環境問題が深刻になってきて、これ以上、取り崩すのは危険だということが警告されているわけです。

 そこでどうすればいいかを考えると、第一は自然の預金を取り崩さないで経済の価値を作る方法を考えることです。その代表は観光ですが、エコツーリズムといわれるように、人間が静かに自然の中に入っていくだけで経済価値が作られるという仕組みです。
 今回、カヌーに行っている間にも、時々ヨットや大型観光船を見かけ、この無人の地域も観光は活発になっています。このような利用は貴重な自然を取り崩さずに地域に経済価値をもたらしますから、ひとつの解決策だと思います。
 もうひとつが自然を回復するという活動です。わかりやすいのは植林ですが、かつて森林を伐採してしまった場所に植林をすると、それに従事する人に賃金を払うとか、様々な必要な道具が購入されるということで経済価値を作り出します。さらに森林面積が増加していけば、自然の価値が増えていくということにもなり、一挙両得、英語ではウィン・ウィンの関係になります。

 エンデガイヤという場所では、アウトドアの衣服などで有名なパタゴニアの重役の一人が、一時は牧場になっていた広大な土地を購入し、そこで生活しながら森林に戻す活動をしています。
 これも自然の価値を増やしながら、経済価値も増やすという一挙両得の事例です。
 大自然という言葉があるように、かつては自然は人間の活動程度ではビクともしない巨大な存在でしたが、現在では人間の活動が巨大になりすぎて危機的状況です。
 この課題を克服しながら人間の活動を維持していくことを検討する時期にきていると思います。
 現在、日本でも公共事業の見直しが進められていますが、自然を回復するという公共事業の意義を検討してほしいと思います。





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