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論文

 今日はアメリカと中国の貿易戦争の背景を検討してみたいと思います。
 先週金曜日の7月6日にアメリカは中国から輸入する818品目、金額にして約3兆7000億円の製品に25%の追加関税を課すことを発動しました。
 中国も直ちにアメリカから輸入している545品目で同額の製品に同様の追加関税を課すという報復を発動し、貿易戦争が勃発しました。
 3兆7000億円はアメリカが中国から輸入している55兆円の7%程度ですが、中国にとってはアメリカから輸入している14兆円の26%になりますから、影響は中国の方が大きく受けます。
 しかし、トランプ大統領は「最初は340億ドル(3兆7000億円)だが、さらに2000億ドル(22兆円)を増やす」と発言しているように、アメリカは追加で中国からの輸入の40%に相当する22兆円について10%の追加関税を検討しています。
 中国からアメリカへの輸出の総額は14兆円ですから、アメリカが次の段階まで踏み込めば、中国は同じだけの報復をできないことになり、熾烈な戦争になる可能性があります。

 このような強硬手段をアメリカが発動する理由は、中国政府がアメリカだけではなく日本など外国の会社にも中国で事業をする場合には、それらの会社の技術情報を中国企業に渡せと強要し、さらに中国の会社がアメリカの会社を買収して知的財産を搾取することだとしていますが、それ以外にも背景があると思います。
 まず中国の研究力や技術力がアメリカに追いついてきただけではなく、追い抜いている分野が登場してきたことです。
 それは先ほど紹介した追加関税の対象分野にも表れています。アメリカはロボット、情報通信関連製品など技術分野を対象にしていますが、中国は大豆、牛肉など農産品が中心で、アメリカが中国の技術進歩を警戒していることが明らかです。

 そこで中国が研究力でどの程度追いついてきたかの指標として論文数を比較してみます。
 1980年にアメリカが発表した理系の論文数は15万本で、中国はほとんどゼロでした。
 ところが2000年にはアメリカの23万本に対し、中国は3万本くらいに増え、2015年にはアメリカの35万本に対し、中国は28万本と8割にまで迫り、イギリス、ドイツ、日本、フランスを一気に抜き去ってしまいました。
 これを分野ごとに分けてみると、さらにアメリカが警戒する理由が明らかになります。
 論文は他の研究者の論文に引用される回数が多いほど価値が高いと判断されますが、2003年から2005年の引用回数上位1%の順位と10年後の2013年から2015年の順位を比較すると、さらにアメリカの恐れが明確になります。
 全分野では中国が9位からアメリカに次いで2位、コンピュータ科学では5位からアメリカを抜いて1位、生命科学では14位から4位、化学では3位から1位、工学では2位から1位に飛躍しているのです。

 参考までに日本は全分野で5位から12位、コンピュータ科学では10位から17位、生命科学では4位から12位、化学では2位から5位、工学では5位から13位と、すべて大幅低下です。

 さらに昨年、アメリカで開かれたアメリカ人工知能学会でアメリカを驚かせる現象が発生しました。
 審査の結果、論文集に掲載された論文数ではアメリカの187本に対して中国は170本で2位でしたが、応募された論文数では中国が1位で783本、アメリカは770本で2位になってしまったのです。
 この人工知能分野の大学の順位を、あるシンクタンクが今年発表ましたが、1位こそアメリカのカーネギーメロン大学でしたが、2位は中国の清華大学、3位が北京大学でした。
 日本は残念ながら29位の東京大学が最高でした。

 現在の貿易戦争に関係するのは、このような基礎的な研究ではなく、技術力を示す特許が重要ですが、それについてもアメリカは危機感を抱いています。
 2006年の特許出願件数はアメリカが1位で43万件、日本が2位で41万件、中国は3位で21万件でしたが、2010年にはまず35万件の日本を抜いて中国が39万件で2位になり、2012年にはアメリカを抜いて1位になり、2015年には中国が110万件、アメリカが59万件、日本は32万件と大差になっています。
 企業単位でも、1位は中国のファーウェイ、2位がアメリカの制裁の対象となっていたZTE、7位が中国のBOE技術グループで、アメリカは3位にインテル、5位にクアルコムという状態です。

 それ以外にもアメリカが警戒するのは情報分野の中国企業の躍進です。
 今年6月時点で世界の上場企業の時価総額の順位で、1位のアップル以下、アマゾン、アルファベット、マイクロソフト、フェイスブックと5位まではアメリカ企業ですが、6位はテンセント、7位はアリババと中国企業が肉薄してきたことです。

 もう一つアメリカが強硬な手段をとっているのは1980年代に製造業分野で日本に追い抜かれたトラウマの影響です。
 アメリカが世界一を維持してきた粗鋼生産で80年に日本に抜かれ、得意の自動車生産でも80年に日本に抜かれ、半導体と工作機械でも85年に日本に抜かれ、工業大国から転落したことです。
 この時アメリカは1981年に日本に自動車輸出の自主規制を押し付け、1985年には通商法301条を適用して日本のパーソナルコンピュータやテレビジョンの関税を100%に引き上げ、日米半導体協定でアメリカの半導体の輸入を日本に強要し、強硬策で乗り切りました。
 日本はアメリカの同盟国で、かつ経済力もアメリカの3割程度でしたから泣く泣く従いましたが、現在の中国の経済力はアメリカの7割程度で、しかも国策としてアメリカに対抗しようとしていますから、日本のように泣き寝入りにはならないと思います。
 しかし、これは2国間の紛争に止まらず、世界の1位と2位の大国の衝突ですから、何とか収まってくれないと世界全体に波及する大事件になります。





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