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論文

 以下のような文章があります。
 「近年の観光ニーズの変化を踏まえ、自然を題材にしてインタープリターの解説を受けながら、自然の不思議さや面白さを味わうインタープリテーション・プログラムの造成を推進するため、インタープリターを育成するためのセミナーを開催、事業経営マニュアルの作成などをおこなった」
 これは英語を翻訳した文章ではなく、最近、発表されたばかりの「平成14年度観光の状況に関する年次報告(観光白書)」の一部を抜粋したものですが、日本語としては非常に不自然です。
 以前から、政府の報告書には英語などの外来語が多すぎるという指摘がありますが、依然として、その傾向があるのではないかという一例として取り上げてみました。
 観光ニーズの「ニーズ」の本来の意味は必要とされるものとか要求されるものという意味ですが、ここでは「需要」という日本語がピッタリだと思いますし、「インタープリター」は普通には通訳とか解説者という意味ですが、前後の説明からすると、ここでは「案内役」という意味のようです。インタープリテーション・プログラムとなるとそのままでは意味不明ですが、憶測すると、インタープリターが案内する観光というつもりのようです。「セミナー」や「マニュアル」についても意見はありますが、それは我慢するとしても、インタープリテーション・プログラムの意味を理解できる日本人はほとんどいないのではないかと思います。

 昨年も閣議のときに、ある大臣が「バックオフィスの情報装備を向上させて・・」と説明したら、小泉総理大臣が自分でも分からないのに、国民に分かるはずがないだろうと発言したという記事が新聞に載っていました。総理大臣が分からないから国民が分からないという発想はともかく、なかなか鋭い指摘だったと思います。バックオフィスは管理部門ということですから、日本語で十分だというわけです。
 このような外来語の氾濫について、今年の4月25日に独立行政法人の国立国語研究所が組織した「外来語委員会」が、理解しにくい外来語や、誤解を招く外来語を日本語に置き換えたらどうかという提案をしました。
 62の単語を例として挙げていますが、いくつかを紹介しますと、
 ●アジェンダ:エビアンサミットのアジェンダはというように使いますが、これは検討課題で十分だろうというわけです。
 ●インタラクティブ:最新のインタラクティブな通信技術はというように使いますが、これは双方向性の通信技術のほうが分かりやすい。
 ●アウトソーシング:業務をアウトソーシングしてというのは、外部委託で問題ない。
 ●トレーサビリティ:これは狂牛病対策で有名になりましたが、履歴管理ではどうかというわけです。
 ●ユニバーサルサービス:これも流行語ですが、全国均質なサービスのほうが理解されやすいということです。

 これだけでも問題ですが、和製英語が氾濫していることも問題です。野球のナイター(英語はナイトゲーム)とか、セーフティバント(ドラッグバント)は和製英語ですが、トンネル(ゴー・スルー・フィールダーズ・レッグズ)は反対に輸出したいほどの和製英語です。ゴルフでもナイスオン(グッドショット)や、ニアピン(クローゼスト・ツー・ザ・ピン)、そして英語にはそもそも概念のないノータッチなどありますが、報告書や新聞でも色々な和製英語が使用されています。
 外来語委員会が指摘しているものは
 ●スケールメリット:規模効果で通用します。
 ●デイサービス:日帰り介護
 ●ノンステップバス:無段差バス
 このような言葉を使うことが、立派なことであると錯覚したり、それで貧弱な内容を立派そうに見せようというような意図もありそうで、問題だと思います。

 ゴルフやベースボールは日本になかったものを輸入したわけですから、外来語が多いのは仕方がないと思いますが、明治時代には、色々と素晴らしい翻訳がなされていました。
 「四球」や「投手」は東京帝国大学文科大学哲学科に在学して野球に熱中していた正岡子規の翻訳だといわれています。その貢献で正岡子規は昨年の1月11日に没後100年を記念して野球の殿堂入りをしています。
 「芸術」という翻訳も素晴らしい言葉だと思います。現在、芸術というと音楽とか絵画とか彫刻を思い浮かべますが、「アート」という英語や「アール」というフランス語はラテン語の「アルス」を語源としています。これは「人工」を意味する「アーティフィシャル」や「職人」を意味する「アーティザン」の語源でもあり、人間が手をかけたものということを表すものです。現在の言葉で言えば「技術」も含んでいるのです。そこで芸能の芸と、技術の術を合わせて芸術という言葉を創造したというわけです。
 「情報」というのも名訳で、森鴎外が翻訳したというのは俗説ですが、報道、報告という言葉が意味する性格で客観的である情報と、事情とか実情という言葉が意味する曖昧で主観的な情報の両方を合わせて「情報」という言葉を創ったようです。
 和魂洋才の精神を象徴するような言葉ですが、もう一度、日本語というものを考えてみる必要があると思います。





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