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論文

 今年2月に橋本大二郎高知県知事が、樋口広太郎アサヒビール名誉会長に抗議をされた事件がありました。アサヒビールが海洋深層水を使ったビールという宣伝で発泡酒「アサヒ本生」を売り出したのですが、この海洋深層水を使用したビールの開発については、1999年10月に高知県がアサヒビールに提案し、原水や様々なデータも提供したのに、実際の生産には富山県の海洋深層水を使っていて道義にもとるのではないかという抗議です。
 アサヒビールが高知県に釈明をして一応納まったようですが、樋口名誉会長は高知県経済活性化委員でもあったので複雑な事件でした。
 今日はビールに使われている海洋深層水の真相に迫ってみたいと思います。

 地球の表面の70%は海ですが、その底の部分に海洋大循環(グレート・オーシャン・コンベアベルトとかグレート・グローバル・コンベア)といわれる巨大な水の流れがあるらしいのです。これは1980年代にアメリカの学者ウォーレス・ブロッカー博士が発見しました、
 出発点は大西洋の北側にあるグリーンランドで、この氷に覆われた島で海水が冷やされると重くなりますので海底に沈んでいきます。沈んだ海水は海底に沿って南下して南太平洋まで流れて行き、南極大陸のウッデル海という場所で同様に冷やされて沈んできた海水と合流します。
 そこからオーストラリア大陸の横を通って太平洋を北上し、北アメリカ大陸に突き当たって浮上し、今度は表面を南に戻って行くという巨大な流れが世界の海の底にあるのです。
 距離にして片道4〜5万キロメートル、一巡で8〜10万キロメートルという大旅行です。地球一周が4万キロメートルですから、2周する勘定になり、一巡するのに1500年から2000年かかるといわれています。
 その量も半端ではなく、毎秒4000万トンと想像もつかない数字ですが、アマゾン河100本分の流れというと、すごい量だということが分かると思います。

 海も水深200メートルくらいまでは太陽光線が届きますので、植物プランクトンが光合成をおこない、そのために水中の窒素やリンや硝酸などのミネラル成分が消費されてしまうのですが、海洋深層水は数千メートルの深い部分を流れていますので、光がまったく届かないためミネラル成分が豊富で、また、細菌類がほとんど繁殖しないので清浄という特徴があります。温度も5度以下で安定しています。

 この海洋深層水を利用しようと最初に考えたのはアメリカです。1973年にオイルショックが起こり、ハワイの沖で海洋深層水が湧き上ってくる場所があるので、表面の暖かい水と5度以下の冷たい深層水を利用して海洋温度差発電(OTEC)をしようと検討しました。
 また、海洋深層水は栄養豊富なので、その水でジャイアントケルプといわれる長さ30〜40メートルにもなる海草を育てて、それを発酵させてメタンガスを作ろうとも考えたのですが、喉もと過ぎれば暑さを忘れるで、石油の値段が下がってしまったので止めてしまったのです。

 ここからが日本の出番で、それほど栄養豊富な水ならば飲用や食品に利用したらどうかと研究し、ビールにたどり着いたというわけです。
 高知県は室戸岬に高知県海洋深層水研究所をつくり利用方法を研究する一方、沖合い2キロメートル、水深340メートルの海底に直径12・5センチメートルのパイプを二本設置して、1日900トンの深層水を汲み上げて販売しています。ただし室戸岬で汲み上げている深層水は海洋大循環とは別で、北太平洋亜熱帯循環といわれる部分で別物のようです。それ以外にも富山県、沖縄県、北海道の羅臼町などが海洋深層水ビジネスをはじめていますが、いずれも海洋大循環とは違う水です。

 商品としてはミネラルウォーターが多く、高知の「天海の水」「室戸の水」、沖縄の「アクアビート」、羅臼町の「知床深海の水」などが販売されていますが、ミネラル成分が豊富なので二日酔いにはてきめんに効くそうです。
 また、ビール、醤油、豆腐、納豆、干物、塩などの食品にも利用されています。さらに皮膚にいいということで海洋深層水を加工した化粧水「ディープシーウォーター」がヒット商品になったり、タラソテラピーに使用されたりしています。

 海洋深層水はまだ分かっていないことが多く、それぞれの地域で成分も違うので、どのような効果があるかも研究の必要があるのですが、現在から1万年前に地球温暖化が進み、カナダの氷河が溶け出して海水の塩分濃度が薄まったため、この大循環が弱まって一気に氷河期になったという過去もあります。
 最近も『ネイチャー』の6月号に発表された論文では、過去50年で海洋大循環の勢いが20%も弱まっていると予測しています。今後、どんどん利用が増加して、1日何万トンも汲み上げると環境に影響が出てくる可能性もあり、慎重に検討していく必要はあります。





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