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論文

 先週の金曜日の5月25日に欧州連合(EU)が個人データの保護を大幅に強化する「一般データ保護規則(GDPR)」の施行を始めました。
 すでにEUでは1995年から「EUデータ保護指令」を施行していましたが、これは加盟各国が自国の法律で個人データを保護していました。
 しかし、今回、この保護指令を廃止し、EUに加盟している28カ国に加えてアイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェイを加えた31カ国が共通の法律で個人情報の保護をすることになったのです。
 現在はインターネット無くして成り立たない社会になっていますが、それを利用すると、利用した人間の個人情報が、情報を提供している組織に知られることになります。
 例えば、電子新聞を読むために登録すれば、氏名、年齢、性別、メールアドレスなどはもちろんですが、Eコマースで買物をすれば、クレジットカード情報や住所などだけではなく、洋服を購入すれば身体的情報や経済的情報もわかってしまいますし、映画や音楽をダウンロードすれば精神的特性や文化的特性も推定されてしまいます。

 とりわけ問題とされているのが「クッキー」と言われる技術です。
 アマゾンで本を購入しようと検索すると、「この本を買われた方は、このような本も買われています」というような情報が画面に表示されますし、グーグルで情報を検索すると、関係ありそうなウェブサイトの広告が画面に表示されます。
 これは個人の閲覧履歴を記録しておき、その内容を反映させて広告を送る仕組みで行われています。
 便利な面もありますが、個人の一挙手一投足が盗み見されていることにもなります。

 そこで今回の規則で、上記31カ国に生活する国民に個人情報を利用する「クッキー」などで情報を送信する組織は、それぞれの個人に事前に了解を取る必要があり、違反すると軽度な違反では12億円か前年の売上の2%、重大な違反では24億円か前年の売り上げの4%のうち、大きい方の金額が罰金になります。
 例えば、フランスに住んでいる人が日本に観光旅行に行きたいと考えて、日本の旅行会社に予約しようとした時に、相手の了解なしに「クッキー」を使って、ついでに「このような旅行もあります」という広告を送ると、仮に売上げ1000億円の会社であれば軽い違反でも20億円の罰金を課せられる可能性があるということになります。

 グーグルでの検索、フェイスブックでの情報交換などが無料で可能になっているのは、「クッキー」を利用した「ターゲティング広告」で企業から収入を得て賄われているからで、これが一人一人の了解を得てしかできないとなると、この広告モデルが成立しなくなるという、現在の情報サービスの根底を揺るがす制度になります。
 これは31カ国の国民だけではなく、日本企業のEUの支店に勤務している日本人(外国人)、短期にEUを旅行している日本人(外国人)にも適用されますからは大変な事態です。
 これはBtoCのような個人と電子商取引をしている組織だけではなく、電子新聞のように一般読者に情報を提供している組織も対象になりますから、例えばアメリカで電子新聞を発行している新聞社はEUからの読者すべてに個人データの利用の同意を取り付ける必要があります。
 この制度が今年の5月25日から実施されることは1年前から決まっていましたが、いよいよ実行されることになって、情報サービス産業は大混乱になっています。

 何故このような厳しい個人情報保護が打ち出されてきたかという背景には我々は比較的、のんびりと情報社会の便利な面だけを利用して生活していますが、様々な個人情報が本人の知らない間に集められ利用されているからです。
 今年1月にグーグルの持株会社のアルファベットの会長を退任したエリック・シュミットが2010年に「我々は貴方が今どこに居るかを知っている/これまでどこに居たかも知っている/何を考えているかもほぼ知っている」と発言しています。
 何故そのようなことが可能かというと、スマートフォンなど携帯電話でGPS機能をオンにしておけば、その端末がどこにあるかは把握されていますし、電源をオフにしていなければ、携帯電話の基地アンテナで、付近にある携帯電話の所在を把握しているからです。
 考えていることまで知っているというのは穏やかではありませんが、グーグルのウェブサイトの検索が利用される回数は世界全体で1日に60億回程度です。
 そうすると、どのアドレスの人が何に興味を持って検索をしているかは一目瞭然ですから、上記のような発言になるわけです。
 さらに無料でメールアドレスが提供されるGメールを利用すれば、送受信したメールは世界各地のグーグルのサーバーに記録されます。
 世界的に有名なハッカーであったケビン・ミトニックによれば、それらのメールの内容はグーグルがいつでも調べることができ、それが実行されているということです。

 2014年にフォードモーターの幹部がアメリカで講演した時に「我々は誰がいつ交通違反をしたか、誰がいつ法を犯したかも知っています」と発言し問題となり、後に発言を撤回したことがあります。
 これは新しい自動車の大半にはGPS端末が搭載されていますから、その履歴を調べれば分かるということです。
 日本でも、公開されることはありませんが、自動速度違反取締装置(ORBIS)で主要道路では通過した自動車のナンバープレートを記録していますし、各自動車会社は会員になると、位置情報を利用して道路交通案内や沿道にあるレストランや名所の案内もしていますから、自動車の位置は丸見えということになります。
 以前にも紹介したことがありますが、イギリスの作家ジョージ・オーウェルが1949年に発表した未来社会を予言した小説『1984』は着々と実現しており、極端に言えば、私たちはプライバシーと交換に情報サービスを無料や安価に得ているということを理解して情報社会で生活することが必要だと思います。





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