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論文

 「日本全国8時です」も今日が今年の木曜日の最後なので、この1年を振返ってみたいと思います。
 1年を総括する手法としては、今年の十大ニュースというように、この1年の世相を代表する顕著な出来事を選ぶ手法もありますし、1年を象徴する言葉や文字を選ぶという方法もあります。
 1年を象徴する文字としては日本漢字能力検定協会が公募する「今年の漢字」で「金(キン/カネ)」が選ばれました。
 「キン」の代表はリオデジャネイロ五輪大会で12個の金メダルを獲得したことですし、「カネ」のほうは舛添前東京都知事の政治資金問題や富山県議会議員の政務活動費の不正使用などを反映したものです。
 もう一つは自由国民社が主催する「ユーキャン新語・流行語大賞」で、「神ってる」が大賞に選ばれました。

 いずれも年末の話題にはなりますが、日本だけを対象にしていますし、単に世相をなぞっただけという印象です。
 それに対し、世界を対象にして深く切り込んだ言葉を選んでいるのが、イギリスのオックスフォード英語辞書が選ぶ「今年の単語」です。
 これは11月に発表されますが、昨年はメールなどで使われる「絵文字」を選んだことで話題になりました。
 絵文字は日本で開発された表現方法ですが、世界でも使われるようになり、2014年のはじめには10億通のメールで1000回使われる程度でしたが、年末には4000回近く使われるようになり、昨年には8000回近く使われるというように急増してきたという背景があります。
 辞書に新語を採択するときには、どの程度、社会で利用されているかを基準にするという辞書を出版している会社らしい選定でした。
 選定の理由は、絵文字は子供が利用するだけの手段ではなくなり、微妙な雰囲気を表現できるうえに、国際的にも通用する手段になりつつあるという理由でした。

 そのような組織が今年を象徴する言葉として選んだのが「ポスト・トゥルース」です。
 これはなかなか難しい概念で、「トゥルース」は真実ですが、「ポスト」が分かりにくい単語です。
 このポストは郵便や「部長のポスト」と使われる「地位」を意味する名詞ではなく、「〜の後に」を意味する前置詞です。
 「ポスト・ウォー」と言えば「戦後」、「ポスト・インプレッショニズム」と言えば「後期印象派」というように使われますが、それでも「真実の後」では意味が通じません。
 そこで、本家本元のオックスフォード英語辞書の説明を引用すると「一般大衆の意見形成において、客観的な事実の説明よりも、感情や個人的信条に訴えるほうが影響力があるという状況」という意味だそうです。
 もう少し直裁に言えば、「理性に訴えるよりは感情に訴える方が効果がある」ということになります。

 このような説明をすれば思い当たる方も多いと思いますが、今年の様々な選択で「ポスト・トゥルース」が活躍しました。
 まず6月23日にイギリスで実施された「EU離脱の是非」の投票です。
 投票前の論争では、離脱推進派はイギリスがEUに支払っている拠出金は毎週480億円だと騒ぎましたが、実際は拠出金の多くがイギリスに補助金として戻ってくるため、正味の拠出金は200億円程度でしかなかったのです。
 投票の直後に、離脱推進派の責任者は、その通りだと認めましたが、国民の怒りが爆発し、ツイッターで「ウソを信じてしまった」という書き込みが氾濫しました。

 アメリカの大統領選挙は「ポスト・トゥルース」満開でした。
 トランプ候補の演説は「ポスト・トゥルース」ではない内容を探す方が難しいほどで、「アメリカの実質的失業率は42%」と、民主党政権の政策の失敗を非難しましたが、世界銀行が発表したアメリカの昨年の失業率は5・28%で、多い方から77番目で、しかも前年度より改善しています。
 「実質的」というところが味噌で、どのようにでも解釈できることになり、本当は別の職業に就きたいのに、それが出来ないのも失業だと言い張れば、どのような数字にもなってしまうわけです。
 トランプ候補はロシアのプーチン大統領が「自分のことを天才だと言っている」と自慢しましたが、プーチン大統領に確かめる方法はありませんから、言ったもの勝ちということになってしまいます。

 実際、オックスフォード英語辞書による「ポスト・トゥルース」という言葉が最初に使われたのは1992年ですが、マスメディアに登場する頻度の統計では、昨年の6月以後、一気に増加しているとのことです。

 日本は無縁かというと世界情勢に決して遅れを取っていません。
 小池東京都知事は水泳、バレーボール、ボートとカヌーの会場について、組織委員会の事前調査が杜撰だと大騒ぎし、一時的に喝采されましたが、ほぼすべては調査がされていたことがわかり、いずれも原案のわずかな修正で決着しています。
 今月13日に沖縄でアメリカ軍のオスプレイが海岸に墜落しました。
 稲田防衛大臣は「オスプレイが不時着水する事案が起き大変遺憾」と発言し、菅官房長官も「パイロットの意思で着水したと報告を受けている」と発言しています。
 それを受けて、日本のマスメディアのほとんどが「不時着」「着水」と表現していますが、アメリカのFOXニュース、イギリスのBBC放送などは「クラッシュ(墜落)」と報道しています。

 最近の政治家の発言の多くは「ポスト・トゥルース」ですし、企業の不祥事などで経営陣が釈明する内容も多くは「ポスト・トゥルース」です。
 「金」「神ってる」も無意味だとは言いませんが、来年は社会の本質を明らかにするような言葉が選ばれることを期待したいと思います。





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