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論文

 前総理菅直人氏の置き土産である「再生可能エネルギー電力全量固定価格買取制度」、通称FIT(Feed−in Tariffs:料金上乗せ)が7月1日から実施されました。
 どのような制度かはご存知の方が大半なので、要点だけを説明しますと、太陽光発電、風力発電、水力発電、地熱発電、バイオマス発電という5種類の自然エネルギーを利用して発電した電力を、今後10年間から20年間、あらかじめ決められた固定価格で電力会社が全部買上げるという制度です。
 太陽光発電については2009年11月から買取り制度が存在していましたが、これまでは一般家庭の屋根などに設置した太陽電池で発電した電力のうち余った分だけを買い取るという制度でした。
しかし、7月からは太陽光発電以外の自然エネルギーによる電力も対象にして、しかも全量を買上げる制度になったのです。

 この制度の特徴は非常に高い値段で買上げることです。
 火力発電や原子力発電はキロワット時あたり10円程度で発電できますが、太陽光発電の買取価格は42円、風力発電は23円などです。
 問題は、その差額をだれが負担するかということです。
 電力会社は高い値段で買上げても、それをすべて電力料金に転嫁できますので、結局、消費者が負担することになります。
 いくつかの試算が発表されており、当面、全国平均で一般家庭は毎月100円近く余分に電気料金を支払うことになりますが、発電量が増えていけばいくほど、値上がりが進むことになります。

 この制度を率先して実施したドイツではキロワット時あたりの料金は2000年の0・14ユーロ(14円)から2011年には0・25ユーロ(25円)と1・8倍に値上がりしています。
 日本でも太陽光発電の買取制度が始まった2009年から2年間でキロワット時あたり約2円の値上がりになっています。
 この仕組は逆累進性といわれ、資金に余裕のある家庭や企業が補助金を受けて設備投資をし、利益を上げ、その利益分を貧富に関係なく消費者が負担するという不公平な制度なのです。

 この問題は様々に議論されていますので、今日は、このFITによって日本の森林が荒廃する可能性があるという問題を取り上げたいと思います。
 日本の林業は2000年には5300億円で、そのうち木材生産は3200億円でした。
 ところが10年たった2010年には4200億円に減少し、木材生産は1900億円まで減少し、キノコの栽培の方が2300億円と逆転してしまいました。
 それを反映して林業の就業者数も6万7000人から5万人を切り、4人に1人は65歳以上の高齢者という産業になっています。
 そこで林野庁は、30ヘクタール以上の森林について、5年間の伐採計画を立案して実行すると、経費の7割を補助する仕組を実施してきました。
 ところがトラックの通行できるような林道を整備して、伐採した木材を市場まで運搬すると赤字になってしまいます。
 制度の不備で、伐採した場所に放置する「切り捨て間伐」でも補助金の金額は同じなので、これが流行し、森林は期待ほど整備されませんでした。

 そこで今年4月から新しい「森林・林業再生プラン」が施行されることになりました。
 これまでは数10キロメートル離れた飛び飛びの森林でも合計して30ヘクタール以上になれば補助金がもらえたのですが、新しい制度では5ヘクタール以上の単位の森林を合計して50から60ヘクタール以上にする必要があり、伐採した木材も山から運搬しなければ補助金が出ないということになりました。
 林野庁は、この政策によって木材の輸入依存率を現在の70%から、2020年には50%に引き下げることを目指しています。
 これは小規模な林業家を切り捨てる政策だという非難もありますが、一歩前進ではないかと思います。

 ところが、このタイミングに登場してきたのが木質バイオマス発電も対象にしたFIT制度です。
 これまでの木質バイオマス発電の燃料は建築廃材や製材の過程で発生する切れ端が中心でしたが、これはFITではキロワット時あたり13円65銭の買上げ価格です。
 ところが新しい木材を燃料とすると単価は25円20銭と2倍近い値段になります。
 そうなると、これまで「切り捨て間伐」で山中に放置されていた間伐材もチップにして燃料として利用されるという良い面もありますが、燃料の原価を下げれば利益が大きくなりますから、発電所付近の森林が集中的に伐採され禿げ山になる可能性が出てきたのです。

 さらに思わぬところにも波及することも心配されています。
 木質バイオマス発電が採算の取れる事業だと分かると、参入する企業が増加し、製紙会社と木材チップの奪い合いが始まる可能性がでてきました。
 製紙会社は現状では必要な木材チップの3分の1は国産材を使用していますが、奪い合いで価格が上がってくると、紙の値段が上がる可能性もあることになります。
 さらにFITは燃料が国産か輸入かは問いませんので、折角、木質バイオマス発電で木材の自給率を高めることが期待されていたのでが、安価な外国産の輸入が増えるという逆効果になる可能性さえでてきたのです。

 地熱発電もFITの対象になり、小型の場合は42円で買い取られるために、国立公園内に櫓が林立し、風力発電も小型設備の電力は57円75銭で買い取られるために風光明媚な土地に風車が林立し、森林は禿げ山になるという環境破壊が進み、そのあげく消費者が高い電気料金を支払うということになりかねないのがFITです。
 社会の仕組は長年の蓄積で出来上がってきたものですが、現場を知らない役人が机上の仕組を考え出し、政治家が政治的決断と見栄を切って実現する浅はかな制度によって、その制度の枠外で様々な問題が発生するという悪循環に陥っているのです。





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