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論文

 現在開催中の第170回国会に平成19年度の通称『自殺対策白書』、正式には『我が国における自殺の概要及び自殺対策の実施状況』が提出され承認されています。
 内閣府のウェブサイトには公表されていますし、今月末には『平成20年版自殺対策白書』として政府刊行物サービスセンターでも販売される予定です。
 これは平成18年に21条からなる「自殺対策基本法」が成立したことを契機に昨年から作成されている報告書ですが、法律が制定されたり、白書が出版されたりするのは、10年ほど前から日本で自殺者が急速に増え、しかも、世界各国と比べても日本の自殺者の割合が非常に高いという事実を反映したものです。

 早朝から縁起でもないと思われるかも知れませんが、日本社会の深刻な問題なので、今日は『自殺対策白書』の発表の機会に、自殺の問題を考えてみたいと思います。
 まず、日本での自殺者数の推移から見てみます。
 終戦直後の昭和20年代前半は年間1万5000人ほどでしたが、昭和31年の神武景気が終わって翌年の鍋底不況になると急速に増え、2万4000人を突破します。
 その後、昭和34年末の岩戸景気の始まる頃から次第に自殺者数は減り始め、昭和40年代前半は1万5000人を切る状態になります。
 そして昭和48年末の石油危機の頃から、また増え始めて2万人を突破し、鈴木内閣が財政事情非常事態宣言を発表した昭和50年代末期には2万5000人を突破する状態になります。
 そして平成時代になり、バブル経済で景気が良かった時期には、やや減少しますが、バブル経済の崩壊が明確になった平成10年に、前年の約2万3000人から一気に3万人を突破し、以後、3万人台で推移し、昨年は3万3093人で史上2番目になっています。

 大きく見れば景気の変動と深く関係していますが、平成10年に急増した状態を、より詳しく調査した結果、3月に急増したことが分かっており、これは金融機関の「貸し渋り」や「貸し剥し」によって債務問題が悪化した時期と一致します。
 しかし、それ以後も3万人台を維持したままなので、先ほどご紹介した「自殺対策基本法」が平成18年に制定され、昨年には「自殺総合対策大綱」が策定されたりしている訳です。

 さらに、このような法律制定の背景には、自殺者が急増したというだけではなく、世界各国と比較しても、日本の自殺者の割合が多いという現実があります。
 WHO(世界保健機構)が世界各国の人口10万人あたりの自殺者数の割合を発表していますので、2004年頃の数字を見ると、日本は10万人あたり24人で世界9位です。
 またOECDに加盟している31カ国の中だけでは、男性が1位、女性が韓国に次いで2位になっています。
 参考までに、大国の状態を調べてみると、フランスが世界19位で18人、中国が27位で14人、ドイツが34位で13人、アメリカが43位で11人、インドが46位で11人、イギリスが63位で7人となっています。
 宗教の背景とか社会福祉制度の違いなどもありますが、日本の比率の多さが目立ちます。

 今年7月に、NPO法人ライフリンクと東京大学経済学研究科付属の日本経済国際共同研究センターが自殺の様々な実態を共同で調査した『自殺実態白書2008』が発表されていますので、それを参考にして自殺の背景を見てみます。
 まず自殺に至る危機要因を調べていますが、10大危機要因として事業不振、職場の環境変化、過労、身体疾患、職場の人間関係、失業、負債、家族の不和、生活苦、うつ病が挙げられています。
 当然、これらは独立しているわけではなく、相互に関係しており、その連鎖が4つ以上になると自殺に至る可能性が非常に高いという結論になっています。
 また、自殺で亡くなった人の72%は精神科の医者などに相談に行っており、その期間は自殺する1月以内に62%が集中しています。

 そのような事実を背景にして「自殺総合対策大綱」では自殺を防止するための方法を検討しています。
 1800人ほどを対象とした調査で、自殺を考えた経験がある人の割合は男女平均で19%で、特に20歳代では25%、30歳代では28%にもなっており、自殺は特殊なことではないということを多くの人がまず認識することです。
 そして自殺を考える人は、酒量が増す、仕事の負担が急に増える、職場や家庭で支援してくれる人がいない、本人にとって価値のある地位とか家族とか財産を失う、身体の不調が長引くなどのサインを発し、そのサインを周囲が気付かない場合は20%程度で、家族や職場の同僚が薄々気付いている場合が80%近くになっています。
 そして自殺を考えた経験のある人の33%、3分の1は誰かに相談していますが、もっとも多いのは友人、次が家族です。
 このような時期に適切な対応をすれば、自殺を防ぐ可能性は大幅に上がり、実際、フィンランドは日本以上に自殺率の高い国でしたが、1986年から10年以上の自殺予防ブロジェクトを国が実施し、自殺率を30%も下げることに成功しました。

 2000年に世界の自殺者数が81万5000人を超え、40秒に1人が自殺で亡くなるという事態になり、2003年にWHOに所属する国際自殺予防学会が9月10日を「世界自殺予防デー」に制定していますし、日本ではさらに12月1日を「いのちの日」として自殺防止の啓蒙活動をしています。
 実は最近、僕の親しい人が自殺で亡くなりました。もちろん本人は悩み抜いた末の行動ですが、周囲の人々もなぜ気付かなかったのか、なぜ支援できなかったのかなどという苦痛を味わいます。
 先ほどご紹介したように、多くの場合、自殺には予兆があるし、悩みを相談する人も3割以上に及んでいます。お互いに周囲の人々を気遣うことによって、このような不幸を防ぐことができればと思います。





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