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論文

 いよいよ明日から北京オリンピックが始まります。日本が良い成績を期待される競技はいくつかありますが、2004年のアテネオリンピックでメダルを10個獲得した柔道は日本の伝統種目ですから当然、期待されるとして、同じ10個のメダルを獲得した水泳が興味深いのではないかと思います。
 日本の成績も興味があるのですが、今回はイギリスのスピード社のレーザーレーサーなど高性能の水着の効果で世界記録も大量に実現しそうで、その面からも競泳が注目されると思います。
 そこで今日は、競泳の記録はどのようにして計測されるかについてご紹介したいと思います。
 かつては各コースに専門の計測員が割り当てられ、ストップウォッチで1対1の計測をしていましたが、その時代は10分の1秒が計測の限界でした。
 そしてゴールで壁にタッチしたことを目で確認してストップウォッチを押すので、誤差もあるし、計測員によるばらつきもあったと思います。
 これを飛躍させたのが1964年の東京オリンピックで、セイコーによる電子計時システムの導入です。
 その効果もあって、1976年のモントリオール・オリンピックからは100分の1秒単位の記録が正式に採用されることになりました。

 どのような方法で計測しているかといいますと、計測はスターターがピストルを鳴らすと、その電気信号が計測装置に送られ、時計がスタートします。
 ここは比較的問題がないのですが、難しいのはゴールの瞬間です。
 プールの壁面にタッチプレートといわれるセンサーが取り付けてあり、選手がここに手を触れたときにゴールしたと判定して時計を止めます。
 原理としては簡単なようですが、いくつか困難な課題があります。
 タッチプレートはゴールのときだけ選手が触るわけではなく、ターンするときも足で蹴って触りますが、このときの力はゴールでタッチするときの100倍以上ですから、それに耐える必要があります。
 結果は100分の1秒で表示しますが、そのためには1000分の1秒単位で測定しており、これは時間としても日常生活では関係のない短いものですが、距離としても大変に短いのです。
 計算を簡単にするために、100mの自由形を60秒で泳ぐとしますと、100分の1秒は16mm、1000分の1秒になると、わずか1・6mmという距離ですから、プールの工事にも大変な精度を要求されます。
 しかも、国際基準のプールはタッチセンサーを設置するために、距離を50・02mにするように決められており、mm単位の精度で仕上げる必要があるのです。

 実際、1972年のミュンヘンオリンピックでは400mの個人メドレーで1000分の1秒まで測定した結果によって1位と2位が決定しています。
 現在の公式記録表を見ると、1位のスウェーデンのグンナー・ラーションと2位のアメリカのティム・マッキーが4分31秒98の同記録になっています。
 しかし、1000分の1まで計測した非公式の記録では1000分の981秒と983秒で、差は1000分の2秒でした。これは距離にすると2・95mmの差でしかありません。3mmが勝敗の分かれ目というきわどい勝負なのです。
 この程度の距離の差はプールの施工の誤差でも発生するし、コースごとの波の影響もあるということで、順位の決定には使用されましたが、公式記録は100分の1秒単位になり、以後は100分の1秒単位で同じ記録であれば、同着とすることになりました。

 さらに厄介な問題はタッチしたかどうかを判定することです。
 タッチセンサーには波の圧力がかかりますので、それでは反応しないようにして、選手が触ったときだけ反応するという微妙な調整が必要です。
 選手が強い力でタッチプレートを一定時間押してくれれば問題ないのですが、ソフトタッチといわれる、軽く指先が触る程度の力でも感知する性能が要求されます。
 そのような微妙なタッチで、しかも一瞬しか触らない選手も居ますので、それを判定するために、タッチプレートには微妙な調整が必要になります。
 そこで正確を期すために、プールの両側にはデジタルハイスピードカメラを設置して、ゴールの瞬間を高精細度の画像で撮影し、それを参考にして判定する場合もでてきます。
 実際、これが問題になった例があります。2001年に福岡市で開催された世界水泳選手権で、女子800メートルリレーや男子100m自由形では自動計測された記録とデジタルハイビジョンカメラで撮影された順位が違ってしまい、結果が出るのに時間がかかって、騒動になりました。このときはプールがコンクリート製ではなく、仮説のプールであり、タッチプレートが壁面から数mm離れていたということも影響したという意見もありますが、自動計測も簡単ではないのです。

 北京オリンピックではスイスのスウォッチグループが国際オリンピック委員会のオフィシャルスポンサーになっている関係で、そのグループの一員であるオメガが公式計時を担当しますが、水泳競技をテレビジョンの画面でご覧になると、時々刻々100分の1秒単位で時間が表示されます。
 これは正式計時の情報がリアルタイムでテレビジョン放送局に配信されているものなので、公式記録が発表されるまでは参考記録ですが、実際は、ほとんどの場合、この記録が公式記録になりますので、その裏側の苦労を知りながらご覧いただくと一段と興味が湧くと思います。





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