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論文

 先週、北海道の雨竜沼湿原に行ってきました。北海道の日本海側に沿って増毛山地といわれる山脈がありますが、その最高峰が標高1492mの暑寒別岳で、その東側の山麓に広がっている湿原です。
 面積は100ヘクタール程度ですから、釧路湿原の200分の1にもならない小規模な湿原ですが、東側の雨竜町から登山道を歩き、最後に急な坂道を30分も登って標高850mくらいまで到達すると、突然、目の前に桃源郷のように現れる湿原です。
 周囲が山に囲まれている湿原の中に、池塘といわれる小さな沼が700近くある美しい景色で、北海道の尾瀬ともいわれていますが、1年のうち9ヶ月近くは雪に閉ざされているという点でも神秘的な場所です。
 湿原の内部には一周3・5kmの木道が整備されており、両側には多数の草花が咲いていますし、珍しいトンボも飛んでいます。登山靴や雨具は必要ですが、日帰りで往復できますから、北海道に行かれて1日余裕があれば立ち寄られるといいと思います。

 このような湿原は、現在の日本に820平方キロメートルほど存在していますが、大正時代以前の地図をもとに国土地理院が計測した結果によると、明治時代以前には2110平方キロメートルの湿原が日本にあったということですから、この100年足らずの間に60%以上が消滅したということになります。
 面積でいうと、琵琶湖の約2倍の面積の消滅ですから大変な事態です。
 とりわけ明治以後に開拓が始まった北海道では大規模に消滅しており、明治時代には日本の湿原の84%に相当する1772平方キロメートルの面積がありましたが、現在では709平方キロメートルと60%も減ってしまいました。
 その原因は農地や宅地にするための干拓で、代表は石狩川流域の湿地です。石狩川は明治の初期には幹川といわれる主流の延長は360km以上あり、日本一長い川でしたが、蛇行している部分を次々とショートカットして延長を100kmも短くし、現在では信濃川、利根川に次いで日本3位になってしまっています。
 その影響で石狩川流域にあった湿地は86平方キロメートルから、わずか1平方キロメートルになり、多数の渡り鳥が飛来することで有名な宮島沼などほんの一部が残っているだけです。

 これは現在のように環境保護が社会の重要な課題になってきた時代からは残念なことですが、過去を責めることはできないと思います。
 明治初期から日本の人口は3・5倍、北海道では35倍に増えてきましたから、その人々が必要とする農地や宅地を確保することは国全体としての目標でした。
 それを象徴する話があります。田中角栄氏が「日本列島改造論」を唱えて総理大臣になった1970年代には、日本最大の釧路湿原全体を埋め立てて農地や工業用地にするという案まで登場しました。
 環境保護派の人々が反対するとともに、釧路湿原を国立公園にし、湿原を保護するラムサール条約に日本で最初の登録をするなどして守られましたが、ほんの40年前には、現在とは違う考えが社会の主流だったのです。
 当時としては、利用できないうえに、寒さや霧の原因である湿原はまったく価値がなかったのです。

 それでは何故、最近になって価値が認められるようになってきたかということですが、一言で言えば自然環境の価値が認められる時代になったということです。
 ラムサール条約が象徴的です。これは正式には「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」という名前ですが、1971年にカスピ海に面したイランの都市ラムサールで最初の会議がおこなわれたので、このように呼ばれています。
 これは人間の都合で湿地を干拓してしまえば、渡り鳥の中継地や営巣地が無くなって鳥が繁殖できなくなるので、湿原を保存しようという考え方です。
 それを現代社会が認めやすい形で説明するのが「エコシステム・サービス」という考え方です。
 自然には様々な価値があるけれども、なかなか人間が気付かないので、それでは金銭に換算すれば分かりやすいであろうというわけです。
 代表的な例として、アメリカの学者が中心となって計算した数字があります。
 これは自然環境を「海洋」「海岸」「森林」「草原」「湿原」「湖沼」「干潟」「砂漠」「耕地」「都市」などに分けて、それぞれの一定面積が1年間に、どれだけの価値を社会にもたらしているかを計算したものです。

 例えば「湿原」は、水を安定供給してくれる、汚水を浄化してくれる、気象を安定させてくれる、レクリエーションに役立つなどの機能があり、それらを合計すると1ヘクタールにつき年間19580ドル、約210万円となっています。
 ところが干拓して農地にすると、食物を生産するという経済価値を含めても92ドル、約1万円ですから、200分の1になってしまいます。
 先月、佐賀地方裁判所が諫早湾を干拓するために建設された潮受け堤防の水門を5年間解放するように命じるという判決を出しました。
 これも「エコシステム・サービス」の視点から考えると納得のいく内容です。
 干潟の価値は1ヘクタールあたり年間9990ドル、約110万円ですが、干拓して農地にすると1万円ですから、価値は100分の1になるということです。
 ちなみに我々が生活している都市のエコシステム・サービスの価値はゼロです。
 経済至上主義の時代には、このような議論は相手にされなかったかも知れませんが、サミットでも最重要課題が地球環境という時代になると、自然環境が社会にもたらすエコシステム・サービスという価値から開発を考えることが重要になってくると思います。





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