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論文

 今週初めまでスカンジナビア半島の北極圏に行っておりました。
 2月にニュージーランドからの中継で2回、先住民族のマオリ族について紹介させていただきましたが、今回も4月から毎月一回、BS-iで放送している「地球千年紀行:先住民族の叡智に学ぶ」という番組の撮影に行っていたというわけです。

 スカンジナビア半島の北部はノルウェー、スウェーデン、フィンランドにまたがった地域ですが、そこをラップランドと呼んでいます。
 ラップランドという地名はフィンランド語で「ものの端」を意味する「ラペ」もしくは「ラッペア」という言葉に由来する地名で、「辺境の土地」という意味になります。
 そこに生活する人々はラッパライネン、すなわちラップ族といわれ「辺境の民族」という意味ですが、これは差別的な表現だということで、現在ではラップ語の言葉を用いて「サーメ族」、英語の発音では「サーミ族」と呼ぶようになっています。
 サーメというのは人間という意味だそうで、日本のアイヌ民族の「アイヌ」が人間という意味だということと似ています。

 サーメ族はヨーロッパ大陸の氷河期が終わりかけた1万年前頃から北上するトナカイを追いかけて、南の方からやってきて、やがてラップランドでトナカイと遊牧生活をするようになったと推測されています。
 ラップランドのもっとも北にアルタという北極海に面した場所があり、そこに世界遺産にも登録されている「アルタの岩絵」といい、トナカイなどの絵を彫った岩が海岸沿いにありますが、これは多分、サーミ人が彫ったのではないかといわれています。
 現在、サーミ人はノルウェーに3万人、スウェーデンに2万人、それ以外にフィンランドとロシアに居住し、合計6万人から8万人という少数で、遊牧生活をする人々はほとんど居なくなり、一部の人がトナカイの放牧をしているというのが現状です。

 放牧というと柵で囲った牧場で飼育しているように思いますが、ここでは広大な原野に完全な放し飼いで、今回も自動車で道路を走っていると、道路際にトナカイがよく出てきました。
 毎年4月頃になると子供が生まれ、暖かくなるとともに北の方に移動するのですが、7月の上旬から自分の群れを見つけ出して一カ所に誘導し、そこでカール・マルキニと呼ばれる仕事をするのが、サーミ人のもっとも重要な仕事です。
 これは生まれた子供のトナカイの耳の一部に傷を入れて、所有者を明確にする作業ですが、どうして自分の群れの子供だと分かるかというと、母親の耳には傷がつけてあるので、その母親と一緒に居る子供の所属が分かるというわけです。
 西部劇で、牛に焼き印を押して所有者を明らかにするという場面がでてきますが、それと同じことを耳の一部に傷を入れておこなう訳です。

 簡単なようですが、まず広大な面積の森林や草原をトナカイは自由に移動していますから、群れを発見するのが大仕事です。
 最近はヘリコプターやスノーモービルを使っているようですが、かつてはスキーなどで移動するので大変な仕事でした。
 次に、その群れを集めて一カ所に誘導し、しかも他人の群れに混じっているトナカイを発見して連れ戻すという仕事もあります。
 そして群れを柵の中に追い込んでから、投げ縄で捕まえて耳に傷を入れるシーダという作業をしますが、一族が協同でおこなう一年で最大の行事です。

 トナカイの一部は屠殺されて肉が食用にされたり、毛皮が敷物などに利用されることは当然ですが、足の腱は糸に加工され、骨はナイフなどの道具に加工され、まったく無駄なく利用されます。
 また、トナカイの血はビタミンを供給する重要な食料で、今回もサーメの家庭で小麦粉にトナカイの血を混ぜて煮た料理を御馳走になりましたが、なかなかおいしい料理でした。
 そしてトナカイの脂肪は寒さを防ぐために皮の下に層をなして固まっているため、肉にはほとんど脂肪がなく、低カロリーの肉として人気があり、多くのラップランドのスーパーマーケットには冷凍した肉を売っていますし、帰りに乗ったフィンランド航空の機内食にも使われていました。

 興味深いのは、トナカイは国境などに関係なくエサを求めて移動しますから、それを追いかける人間も国境に関係なく移動していることです。
 以前はロシアの西側の地域も自由に行き来していましたが、現在ではロシアとの国境は行き来できなくなっています。それでも北欧3カ国は自由に往来しています。
 余談ですが、今回、自動車でスウェーデンからフィンランドを通過してノルウェーまで行き、帰りは同じ道路をもどってきたのですが、国境の税関は平日の昼間も無人で、ノルウェーはEUに加盟していませんが、それでもEUの成立が新しい地域を創り出しているということを実感しました。

 国境などによって出来ている行政圏域に対して、トナカイが自由に活動しているような範囲を生命圏域といいますが、ラップランドには生命圏域が現在でも維持されているということを実感しました。
 今回は夏に行きましたので、白夜で気候も快適でしたが、冬になると太陽がまったく出てこないし、気温は0度からマイナス40度、平均気温でもマイナス14度という厳しい環境ですが、オーロラを見ることができます。
 普通の観光旅行は飽きたという方は、一度、行かれたらいいのではないかと思います。





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